Resistance

何かを見過ごしたまま 生きられない君のグラデーション
どんなに離れていても ひとりきりで くじけないで I am beside you
Take your time 自由は時に
It’s a long distance 孤独な旅さ
One day comes 待ち続けるよ
Love is strong 君が好きだから

駐輪場に置いてあったバイクを見たとき、薫先輩が来てると思って、部室に向かって、一目散に走っていた。
午後の授業のために大学に出て来たけれど、僕は退屈な授業に出るよりも薫先輩に会いたかった。 あの日のコトを聞きたかったから。
部室のドアを乱暴に開けると、細身のライダースーツを着こなした彼女がいつもの場所に座って、いつものように一枚の写真をぼんやりと見ていた。

「薫先輩!」
「何、息切らしてんの、耕太」

と笑いながら僕を見る優しい瞳が僕は大好きだった。

「あのさ、この間のこと、みんなに、黙っててくれる?」
「この間のって・・・。やっぱり、結婚するんですか?先輩?」
「ストレートだね、耕太は」と言いながら、立ち上がる薫先輩を見ながら、やっぱり、これが彼女だよ、と自分の記憶を上書きしようとしていた。

あの日、和服に身を包み、静かに歩き、聞いたことのないような言葉で話していたのは全くの別人だと思いたかった。
いつか、ふさわしい男になれたら、自分の気持ちを伝えたかった。
それよりも前に、薫先輩が遥か遠い世界の人だと、知らされることになるとは思いもよらなかった。

「しないよ、結婚。親は乗り気だったけどね、結婚は家柄らしい」と少し目を伏せがちに言う彼女の本当の気持ちがどこにあるのか、 覗き込みたいと思っていた。

薫先輩はボーイッシュで、そこらの男よりもはるかに男前で、報道写真家を目指していて、バイクとカメラを持ったらどこに行くか、いつ帰ってくるのか、分からない自由な人だった。
大学を卒業したあと、有名なカメラマンのアシスタントをしながら、たまに大学に来て、いろいろと教えてくれる後輩思いの面も持っていた。
先輩の撮る写真に惹かれて、僕も部員になった。
憧れであり、目標であり、そして、僕の大事な人になった。

けれど、バイト先のホテルで彼女が名士の娘で、政略結婚に近い見合いをしているところに偶然にも出くわしてしまった。
聞きたかった、薫先輩がどうするか。
自分に何が出来るのか。自分の思いがどこへ行くのか。


「アフリカ、行くことにした」と決意の言葉にまたも驚かされて、僕はその場に立ち尽くす。
「これも、内緒だよ、耕太」と僕に近づきながら、耳元で囁いて、薫先輩は部屋を出て行こうとドアノブに手をかけた。


「どれが、本当の薫先輩?」と僕は後ろ姿にその言葉を投げかけた。
「みんなが知ってる私に決まってるじゃん、あ、耕太、その写真、耕太にあげるよ。好きだって言ってくれたやつだからさ」という言葉を聞きながら、僕は身動きが取れなかった。

薫先輩の足音がどんどん遠くなるのをただ立ちつくして聞いていることしか出来なかった。
部室の壁にかけてある写真は学生の時に薫先輩が賞をとった僕が一番、好きな写真。
これが彼女の原点。 何かあった時、彼女はいつもここでこの写真と向き合っていた。


飛び立つ飛行機を涙を流しながら見ている女性。
どんな背景があるのか分からなかったけれど、希望とも、絶望とも言える表情が印象的だった。
僕も悩むとこの写真を見に来ていた。


窓の外からバイクのエンジン音が聞こえてくる。
もう、二度と会えない気がして、僕は窓辺に駆け寄った。

「薫先輩!帰ってきますよね!」と叫ぶのが精一杯だった。
何年も心にしまっていた言葉は口に出来なかった。

軽く右手を上げて、走り去る彼女の姿を見送るしか出来なかった。


「好きでした、薫先輩」

「Resistance - T.M. Network」

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