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TO THE TOP -10 years later 6 一進一退-

2017年。
もう一つの大きな国際大会は今はグラチャンと呼ばれる大会で今はもうなくなってしまった大会でした。日本で開催されることが決まってて、各大陸王者などが集まる大会でした。

◾️グラチャンバレー詳細

2017年大会に参加していたのは、🇧🇷ブラジル、🇮🇹イタリア、🇮🇷イラン、🇺🇸アメリカ、🇫🇷フランスと日本でした。その時の力的にもひとつでも勝てたらラッキーだと最初から思っていましたが、予想通りの全敗にこのチームが勝つにはまだまだ時間がかかるのかもしれないと思いました。

この時も祐希さんは前半の名古屋の大会の途中で怪我があり、大阪では全く見ることができませんでした。個人的な話ではありますが、2016年WLで、2017年グラチャンで、どうやら石川祐希さんと私と大阪の相性が悪いのでは、と思い始めたのもこの頃です。

1セットをイタリアからもぎ取った試合のハイライトはこちら。
試合の内容よりも、このユニフォームの色が衝撃的ではないですか?このイエローは写真を撮るのが難しい色でもあり、目がチカチカするな、と思ったのですが、この年だけだったので今では懐かしく思ったりもします。

中垣内・ブラン体制1年目はちょっと進んだかな?と思ったり、まだまだ世界との距離は遠いなと思ったり一進一退でした。

私の中で心配だったのは石川祐希さんのコンディション。
2016年-2017年シーズンにセリエAのラティーナにインカレ後に合流し、帰ってきて大学のリーグに出て、そして代表合流。残念ながら日本では代表ユニを着て躍動する姿はあまり見られませんでした。
いつもどこかコンディションが悪いイメージがあったのもこの頃です。

「史上最高の逸材」と言われた彼もオーバーワークによる怪我やコンディション不良に悩んでいたのだろうなとなんとなく伝わってきました。それでも大学でコートに立てばやはり一つ頭が飛び出た存在でもありましたし、翌年の世界選手権の切符をとるためのオーストラリアで行われたアジア最終予選では彼の活躍もあって、世界選手権の切符を手にすることができました。

コンディションが最高でなくても、そこそこの結果を出せたことは彼にとってよかったのかどうか私には分かりません。最初に彼を見た時に楽しそうに、強いチームに向かっていく姿がなかなか見られなかったことはやはり残念でした。

この頃はまだチームの方針もあまり固まっていなかったと思います。過去記事を漁ると見つかるかもしれませんが、 石川祐希以外2m構想なんて話もあり、小野寺くんはグラチャンではOHとしてコートに立つ瞬間もありました。

中垣内さん、ブランさんの1年目はまだまだチームが霧の中にいるようなそんな感覚だったのではないでしょうか?

私が祐希さんを見に現地に行こうと思ったのも、なかなか日本でプレーをする姿を見ることができなかったからかもしれません。

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