彼女の彼

8月の太陽が眩しすぎて泣きたくなる
明日から大切なあなたはもう彼女の彼

カフェでのバイトを終えて海岸沿いの道を歩いていた。
もう時計の針は6時を指していたけれど、まだ、空気は熱気を帯びていた。
それでも海風は気持ちいい。

「千佳!」と通りの向こうから声をかけて来たのは幼なじみの雄介。
海にばかりいるからどこもかしこも真っ黒。
だけど海やボードのことを話している時の雄介の目はキラキラしてる。
夢中になれるものがあるって素敵なことだな、と思う。

私はこちらに向かってくる雄介を待って、立ち止まった。

「あれ、今日は海、行かなかったの?」とその姿を見て言った。
Tシャツか、制服ぐらいしか雄介のレパートリーは知らない。
お洒落をしてる雄介に違和感を感じた。

「ちょっとな」
「珍しいね」
「だよな、俺もそう思う」
「どうしたの?」
「俺、花梨に告られたんだ」

雄介の嬉しそうな顔を見たくなくて、少し前を歩いていた。
何となく想像できた。

最近の浮かれてた雄介。
髪型にちょっとした気を使うようになったのも気づいていた。
薦めてくれる音楽もいつもとちょっと違っていた。
気づかないフリをしたかっただけ。

ずっと大事にあたため過ぎた思いが苦しくて。


「よかったね、おめでと、今度、カフェに連れておいでよ、おごってあげる」
「さんきゅ、千佳」


自分の心にだけ止めておいた思いを口に出そうと、一瞬、悩んで言葉を飲み込んだ。
大きな夕日が海の向こうへ沈むのが見えたから。
私の思いが沈んでいくように見えたから。
いつもにましてその笑顔が輝いて見えたから。

大好きだったよ、雄介。
さよなら、雄介。

余韻を噛み締めるようにゆっくり歩く私の歩幅に合わせてくれてありがとう。

「彼女の彼」−渡辺 美里

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?