星空の誘惑

まだ彼のこと 忘れきれず窓を見る
私のほほ包んで 唇をふさいで


雨がぽつぽつと降って来た。
傘、持ってたっけ、とぼんやりと考えた。
いやそんなことはどうでもいい。
こんなところでコーヒーをぼんやり飲んでいた自分を恨む。

見たくなかったよ、卓巳。
そんな可愛い女の子と、楽しそうに笑いながら歩いているところは。
別れの予感は感じてたけれど、ちゃんととどめを刺されたかった。
こんな形ではなくて。

私は迷わずメールを打つ。
「いますぐ迎えに来て、いつものカフェにいるから」と。
どのくらい待ったのだろう。

街がぽつぽつと明かりをともしはじめたころ。
いつも、私を助けてくれる顔を見つける。
息を切らしながら、走ってくる柊をみて、少し救われた気持ちになる。


「つぐみさん、どうしたの?なに?」
「どっか、連れてって」
「え?」

と言いながらも私の顔をみて悟ったかのようにテーブルのレシートの上に、 千円札を1枚置くと、迷わず私の手を取った。

「送っていくよ、いいね」
「柊、でも」

躊躇する私を助手席に押し込む柊。
このままどこか遠くへ行きたいのに。
静かに走り出す車のバックミラーをぼんやりと見ていた。
きらびやかな街の光が流れていく。

「何があったか聞いた方がいい?」

と聞く柊の声は優しい。
いつも優しい。
彼を好きになれたらこんなに苦しくはなかった。
こんな思いをせずに済んだ。

そして、私はとてもずるい。

「ごめん」とつぶやくのが精一杯で、止めどなくあふれる涙を止めることが出来なかった。
「つぐみさん、俺はどうしたらいいの?」

そのまま何も言葉にすることが出来なかった。
車は街の喧噪を走り抜け、空に星が見える海沿いの私の家に近づいたころ、 もう涙は出し尽くしていた。

静かに車を止めた柊の冷たい手が私の手を包んだ。

「つぐみさん、もう、泣かなくていい。ここにいるから。俺がいるから」と、 言う声を聞いて、彼の顔を今日、はじめて見た気がしていた。
柊の肩越しの運転席の窓ガラスにぼんやりと卓巳の顔が見えた気がしてふと目を閉じた。


このままどこまでもさらわれたい、と柊のほほに手を伸ばした。
夢でいいから、どこかへさらって。

星空の誘惑−松任谷 由実

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