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不服な面持ち



事件を見た。

ある人が、一生懸命がんばった仕事の手柄を
そいつは横取りした。


彼女の仕事は、丁寧で早い。
その早さは、仕事をし始めると集中力を発揮する
彼女が、これまでの様々な仕事の中で、
自然培ってきた技術なのだ。

今回の仕事は小さいものだったかもしれない。
でも、その仕事は、
彼女のこれまでの頑張りもたくさん含まれて
完成したものだったのだ。

横取りした奴は、最初笑っていた。
納期が迫っていることをからかい笑った。

彼女はまだ若輩で、その言葉に少しひるんだ。
その隙を、あの盗人は、盗人らしく見ていたんだろう。

彼女は、それでもやっぱり、あの丁寧さで、
あの早さで成し遂げた。
実は算段もついていたが、慎重な彼女だ、
じっくり事を進めたのだ。


さぁ、ここで、横取りの盗人野郎が登場。

何を隠そう、この盗人は、その仕事場の"責任者"だったのだ。

彼女はもちろん、仕事内容の確認をそいつに仰いだ。
当然だ、組織の流儀に沿うためだ。

あの横取り野郎は、それを使った。
あぁいう奴は全てを悪用する。
さも自分が全てやったように仕立て、
満足気に椅子に腰掛けていた。


私は、その全てを見ていた。
一部始終をしっかりと、この目で見ていた。

すごいよな、よくも堂々とそんなウソがつける。
よくも堂々と、人のものを盗っておいて悪びれることなくいれるよな。
よくも堂々と平気でいれるよな、
人の仕事を横取りする暇はあるくせに、自分のやるべき仕事はやり切ることすらできないで。


全く不思議でしょうがない。
責任を取る気がさらっさらない"責任者"が
普通にいる。

吐き気すら感じていた。

何て不思議な世界なんだろう...。





カタカタカタカタ...
カタカタカタカタ...

「これは、調査報告にまとめておかないと。」


カタカタカタカタ...

キーボードを叩く音が響いている。



「ほら、そこの目撃者君。怒ってないで座りな。
ほらほら、一息ついて。」


「......。」


「ふふ、ふふははは。気が済まないだろうな、お前は。そこは重要なポイントだ。

ところで、あの場で何も言わなくてよかったぜ。
この世界では、声をあげたお前が犯罪者扱いされるんだからな。
あ、でも顔に出ちゃってたのは笑ったぜ。
お前、ヘッタクソだな。」

そう笑いながら、ホットコーヒーを飲んだ。


もう何だか嫌気がさして、全てを放り出したくなってる私に気づいたのだろう、その人はこう続けた。
一転して真面目な表情だった。


「まだ、出ていくなよ。
ここからが見どころじゃねぇか。
あのうすらポンコツのその後、もう少し見てみろよ。

ほら、誰だったか賢い人が、"静観しろ"って言ってただろ?まだ静観しろって話だよ。
まだなんだ、まだ。まだ早いんだよ。

ま、そこに少し座ってさ、
ケチクソ泥棒のショータイムを楽しよ。

そうそう、そこにそうやって座って。
この距離なら、戦わなくて済むだろ?
つるむ必要もないし、遊び相手もできないぜ。
お前はただ、観察する。奇妙な奴の、その不可解な動きの一つ一つを。」


この人の言ってることは、分からなくもなかった。
でもたまらず言ってしまった。

「そんなこと言ったって、大抵、あぁいう奴はずっと息し続けてるじゃねぇか!!頑張ってる人だけが、辛酸を舐めるんだ、いつだって。」



カタカタカタカタ...
キーボードの音が、鳴り響いている。



「この部屋を出て行きたけりゃ、出ていけばいいさ。
辛酸は、あの反抗現場のあちこちに飛び散ってる。
舐めてきたければ、どうぞ。そういうのがお好みであればね。


まぁそれよりも、そこに座って、もう少し続きを見てみたらどうだ?本当にお前の言う通りなのか、どうなのか。

結末を急ぐドラマはないだろ?
まぁ、ゆっくりしていけよ。」

その人は、いつの間に用意してくれていたのか
ホットコーヒーを目の前に置いてくれた。


カタカタカタカタ...
キーボードの音が、ひたすら響いている。

誰かがずっと、仕事をしている。


(続く)

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