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春の雨と吐瀉物

どうやら飲みすぎてしまったらしい。
嗚呼、頭が重い。地球の重力に引っ張られてどうにも持ち上がらない。

布団からは、鼻にツンっとつくような酸っぱい匂い。どうやら、やってしまったようだ。
なんでも、私は昨晩、一緒に暮らしている女に「無縁葬でも、良いから殺してくれ」と酔っ払って怒鳴りつけ、一通り騒いだあとに静かになったと思って、女が部屋の扉を開けたときには、今朝の有様だったようである。

布団をめくって、雑巾と箒で土曜日の朝からせっせと仕事。この年にもなって自分の吐瀉物を掃除しようとは、思わなんだ。
自ら調理し、反芻したものを自らが掃除する。
虚しさのループ。いや、虚しさの永久機関とでも言おうか。何より休みの日の朝というのが、また堪える。

掃除をしているとき、ふと思った。
この匂いは春の雨に似ている、と。
あのなんとも言えない、恥ずかしくて野趣に溢れていて、命の匂いがする瞬間。
なんだかそれに似ているような気がした。

夕方に縁側へ干していた畳を取り込んでみると、私が粗相をしたところはまだ汚れていた。
そして、部屋の中はまた、春の雨の香りに包まれていた。
私は、あと少し生きてみようと思った。

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