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1 きっかけは突然に

人生何が起こるかわからないとはよく言ったもので、喜多川〇〇もまさにそれを痛感していた。

目の前には黒縁メガネの奥に鋭さを感じさせる独特のオーラを放つ、誰もが知る大物プロデューサー秋元康と、同じく秋元の数多くの偉業を支えてきた歴戦の猛者である今野義雄が、眼の前の若者を見極めようと睨みをきかせていた。

櫂「おい〇〇、聞いてねーぞ」
慶太「そうだぜ、なんだこの状況」

〇〇につれられて同席していた斎藤櫂と小笠原慶太も二人の威圧感に圧倒され、この状況に巻き込んだ〇〇に静かにいった。

〇〇「いや、おれもまさかこんなことになるとは…」


きっかけは数日前に遡る。


都内にある小さな寂れた音楽スタジオ。
歴史があるといえば聞こえはいいが、ボロくて時代の最先端からは取り残されたかのような場所。

一階部分はちょっとした音楽機材のショップのようになっていて、二階部分に小さいながらもバンドが一組練習できるスタジオがあり、そこに〇〇たちの姿があった。

〇〇「よし、こんなもんかな!」

櫂「いい感じじゃね」

慶太「悪くない、アレンジも気持ちよかった」

演奏を終えた3人は一息つきながらスタジオブースをでる。

お爺「おう、悪ガキども言われた通り録音と動画回しといてやったぞ」

スタジオの外で調整機材をイジっていたこのスタジオのマスター、通称「お爺」がそう告げた。

お爺は元々音楽の道にいたらしく、このスタジオを借りたのがきっかけでいろいろ面倒見てくれるようになった。

〇〇「ありがとお爺、これでバッチリ動画アップできるよ」

お爺「またYouTubeか? まったく、バンドマンならライブをしろライブを!」

〇〇「ゴメンごめん、次のスタジオライブには出れるように頑張るからさ」

慶太「その前にいい加減バンド名決めようぜ」

櫂「それな、いい加減『β(ベータ)』はやめようぜ。とりあえずつけたからβって安直すぎるだろw」

〇〇「そうだよなー、考えとくよ。それより慶太また編集よろしくな」

慶太「おう、いつも通り今日中にはアップする」

音源と動画の入ったCDどDVDを受け取った慶太はバックにしまった。動画編集は大学の理工学部に通う啓太の役割。
いつもいい感じに編集してくれる。

お爺「それで、今回は誰の曲なんだ?」

〇〇「あぁ、乃木坂46っていうアイドルグループの『今、話したい誰かがいる』って曲だよ」

お爺「乃木坂…? ああ、康のところの…」

〇〇の言葉に小さくなにかつぶやいたが、〇〇にはそれは聞き取れなかった。

〇〇「ん? なんか言った??」

お爺「いや、それより珍しいな、お前たちがアイドルの曲をやるなんて」

いつもならバンドのコピーを演奏してそれをYouTubeにアップするのだが、確かにアイドルの曲をコピーするのは初めてだった。

〇〇「視聴者の方からリクエストもらってさ。たまには違うジャンルをやるのもいいかなと思って。それにアレンジがいろいろできて楽しかったよ」

屈託なく笑う〇〇をみて、満足そうにふんと鼻を鳴らすと、お爺はヒラヒラと手を振りながら階下へ降りていった。


その日の夜、無事にYouTubeチャンネルにアップされた動画が、〇〇たちの人生を大きく変えることになるとはまだ知る由もない。




都内某所。
ソニーミュージックの事務所に乃木坂46のメンバーと関係者たちが集められていた。

次のシングルなどの活動に向けての打ち合わせやレッスンなどが行われていた。

朝からほぼ缶詰状態でメンバーが入れ代わり立ち代わりでスケジュールをこなしていく。

時刻は22時を越えようとしていた頃
西野七瀬はその日何回目かの休憩に入った。

疲れた身体をパイプ椅子に沈める。

休憩は15分。
今寝たら後がきついし、かと言ってゲームするには短すぎる。

七瀬「(そうや、YouTube…)」

七瀬は思い出したようにスマホを取り出してYouTubeのアプリを起動する。

七瀬「(おっ、新しい動画アップされてるやん! え、しかもこれって…!)」

お気に入りのYouTubeチャンネルが新しい動画をアップしていて疲れているはずの身体が弾む。

アップされていた動画のタイトルは「乃木坂46『今、話したい誰かがいる』歌ってみた」と表示されていた。

すぐにイヤホンを付けて動画を見る。

動画には若い男の子が3人映し出されていて、それぞれギター、ベース、ドラムのそれぞれの楽器を手にしている。

真ん中でギターを持った男の子が話し始める。

動画「さぁ、βチャンネル、本日はちそっちさんからリクエストいただきました、乃木坂46さんの『今、話したい誰かがいる』を歌わせていただきます」

七瀬「(やった~〜!!)」

七瀬は心のなかで歓喜した。
前から好きだったコピーバンドのYouTubeチャンネル。そこまで有名じゃないけど、楽しそうに演奏する姿とかアレンジがめちゃくちゃ好みで必ずチェックしていた。

それだけじゃない。
今回のリクエストをしたのは何を隠そう七瀬自身なのだ。生田絵梨花つけられたあだ名をつかってダメもとでリクエストした。

バンドのコピーだからダメかなと思ったけどすごく嬉しい。

七瀬は椅子に座り直して聴き入る体勢をとった。

動画「それでは聴いてください。乃木坂46さんで『今、話したい誰かがいる』」


本来ならばピアノからイントロが始まるところから、アレンジされていていきなりエレキベースからスタートした。

もうすでにめちゃくちゃカッコいい。

七瀬「(ヤバい、メチャメチャかっこいいやん!)」

ギターに続きベースとドラムスが合流して重厚感あるメロディーが刻まれる。
そこにのせられるボーカルの歌。
ほぼ原キーで歌っているのに滑らかにすっと通る歌声に惹き込まれる。

七瀬「(〜〜♪)」

気づいたら身体がリズムを刻む。
心に音が響く。

最後まで聴き終えたときには、七瀬の心は満足感に満たされて疲労感はなくなっていた。

一実「なーちゃん、ずいぶん楽しそうだね、何見てたの?」

ちょうど動画を最後まで聴き終えて、いいね、を、つけたとき、背後から聞き馴染みのある声が聞こえてきた。

振り向くとメンバーの高山一実が七瀬のスマホを覗き込むようにしながら立っていた。

七瀬「YouTubeチャンネルみてたんよ」

一実「へー、どんな動画?」

七瀬「好きなコピーバンドの動画。なながリクエストして乃木坂の曲やってくれたんやで」

少し自慢げに一実にそういうと、彼女特有の大袈裟なリアクションを響かせた。

一実「ええっ! スゴいじゃん!」

一実の声に反応して何人かが近寄ってくる。

優里「なになに〜、どうしたの?」
純奈「なんかあったの?」

ちょうど近くで休憩していた斉藤優里と伊藤純奈が近寄ってきた。

一実「なーちゃんが好きなYouTubeにリクエストして、それが採用されて乃木坂の曲カバーしてくれてるんだって!」

純奈「えー、すごーい!」

優里「聴きたいききたーい! みんなで聴こうよ!」

みんなの勢いに押されてイヤホンをしまった七瀬はスマホの音量を上げてみんなで見ようとした。

その時だった。

今野「盛り上がってるな」

打ち合わせを終えた今野が休憩スペースにやってきたところだった。

楽屋じゃないただの休憩スペースなのでスタッフも利用している。

優里「今野さーん、今野さんも一緒に見ましょう!」

今野「?? 見るって何を?」

説明不足すぎる優里の補足を純奈がして、ようやく状況を理解した今野だった。

今野「気分転換にはいいかもしれないな」

優里「そうこなくっちゃ!」

珍しく今野も乗ってきたので、椅子を寄せてみんなで小さなスマホを見るというレアな光景が広がっていた。

七瀬「じゃあ再生しまーす」

七瀬はスマホを操作して動画を再生する。

やっぱり何回聴いてもいい。

一実「うわっ、すごーい!」
優里「めっちゃいい!」
純奈「カッコいい…」

3人とも気に入ってくれたようで、ノリノリで動画を見ていた。
しかし、対象的に今野だけは険しい眼差して一点に動画を見つめたまま微動だにせず一言も発しなかった。

動画が終わると、余韻に浸る3人とはちがい、今野が静かな声で七瀬に言った。

今野「西野、このバンドグループはプロなのか?」

七瀬「え、違うと思います。前に素人だって言ってたからインディーズですらないんだと思いますよ」

今野「このアレンジは自分たちでやってるのかな?」

七瀬「ですね。いつもオリジナルでアレンジして演奏してみたって感じで動画をアップしてるのでそうだと思います。」

今野「最後に一つ、オリジナル曲ってあるのかい?」

七瀬「んー、どうでしょう、チャンネルにはアップされてないですけど…」

今野「そうか… いや、ありがとう参考になった。あ、この画面だけ写真撮っていいかな?」

七瀬「あ、はい」

今度は七瀬のスマホの画面を自分のスマホで写真を撮ると足早に休憩室を出ていってしまった。

七瀬「(どうしたんかな…?)」



休憩室を出た今野はスマホで先程のYouTubeのリンクをある人物にLINEで送った。

すぐに既読がつき、少ししてその相手から電話がかかってきた。

??「今野くん、あの動画は?」

今野「先程西野から教えてもらいまして、ご覧いただけましたか?」

??「みたよ。あれはプロではないのかい?」

今野「確認はこれからですが、おそらく」

??「よし、会ってみよう、手配してくれるかい?」

今野「わかりました、秋元先生」




動画をアップした翌日、〇〇たちは大学の学食でお昼ご飯を食べていた。
とは言ってもいるのは〇〇は講義が長引いており、まだこの場に姿はなかった。

慶太「昨日の曲は楽しかったなー」

櫂「次は何の曲をやるかな? あれからYouTube確認した?」

慶太「してないw アップしたら満足して反応とか見てない」

櫂「だよな、俺もw」

次回の曲をなにを演奏するか考えながらお昼を食べていると、学食の入口から〇〇が慌てた様子で駆け込んでくるのが見えた。

〇〇は学食であたりをキョロキョロしているので、櫂が呼んだ。

櫂「おーい、〇〇、こっちだ!」

〇〇は二人を見つけると駆け足で近寄ってきた。
珍しく肩で息をする〇〇を物珍しく見る二人。

慶太「どうした、そんなに慌てて」

〇〇「や、ヤバい」

櫂「ヤバいってなにが?」

〇〇「これ!」

〇〇が握りしめていたスマホを二人に見せる。
そこにはYouTubeのダイレクトメッセージが表示されていた。

櫂「なになに、『突然のご連絡で失礼いたします。私、ソニー・ミュージックの今野と申します。βチャンネルの乃木坂46の「今、話したい誰かがいる」を拝見し、一度お話をさせていただきたくご連絡させていただきました。 大変お手数ですがご連絡いただけますでしょうか』………って」

慶太&櫂「「ええーーーっ!?!?」」

〇〇「ヤバイよねこれ」

櫂「ソニー・ミュージックって乃木坂46のレーベルとかの会社だよな…」

〇〇「だよね、俺もさっき調べて思った」

慶太「これ、怒られるパターンだよな」

三人は一気に気が重くなる。

〇〇「…仕方ないなよ、しっかりと謝ろう」

櫂「〇〇…」

〇〇「やってしまったことは仕方ないよ。誠心誠意謝ろう」

慶太「そうだな、それがいい」

櫂「だな、そうしよう!」

〇〇「じゃあ、返事は俺からしておくな。直接謝りに行ったほうがいいと思うから、調整できたらまた連絡する」

櫂「OK」
慶太「わかった」


それから〇〇が連絡をするとすぐに会いたいと言うことになり、翌日に〇〇は櫂と慶太を連れ立って指定された場所へ向かった。

ソニー・ミュージックの自社ビル。
受付で名乗るとすぐに案内されて会議室に案内された。

そこにはすでに二人の男性が〇〇たちを待ち構えていた。
二人は〇〇たちが入ってくるとゆっくりと立ち上がり歩み寄った。

今野「はじめまして、ソニー・ミュージックでジェネラルマネージャーをしていて、乃木坂運営実行委員長も務めさせてもらっている今野義雄です」

〇〇「は、はじめまして喜多川〇〇です」

〇〇に続いて櫂と慶太も名乗って挨拶をする。

今野「そして、こちらが乃木坂46の総合プロデューサーの秋元康先生」

秋元「秋元です、よろしく」

〇〇たちでも秋元康という人物の凄さは理解できる。
短い言葉にも風格というか、オーラがにじみ出ていて圧倒されそうになる。

秋元「まあ、立ち話もなんだから座って話そうか」

秋元は〇〇たちに座るように促すが、〇〇が声を発して遮る。

〇〇「その前に、先に謝罪させてください。この度は本当に申し訳ございませんでした!」
櫂&慶太「「申し訳ございませんでした!!」」

深々と頭を下げる〇〇たち。

今野「ちょっとちょっと、どうしたんだいいきなり?」

〇〇「いえ、勝手に乃木坂46さんの曲を勝手にアップしてしまったので呼び出されたと思いまして、まずは謝罪させていただければと…」

〇〇の言葉には今野と秋元は顔を見合わせると、ほぼ同時に笑い出した。
何が起こったのがわからず、頭を上げる〇〇たち。

今野「今回君たちを呼んだのは、あの動画をみて君たちの演奏が素晴らしくて話をしたいと思ったからだよ。勝手に使ったから怒っているわけじゃないから安心してくれ」

今後の言葉に安心してくれ気が抜けそうになる〇〇たち。

あらためて椅子に座って話をはじめる。

今野「改めてだが、動画見させてもらったよ。あれは君たちがアレンジを考えたのかい?」

〇〇「はい、そうです」

今野「音楽は独学で?」

〇〇「そうですね、いつも行っているスタジオのマスターに少しだけ教えてもらったりしてますけど、基本的には独学です」

今野「(独学であのクオリティか…)」

今野にかわって秋元も〇〇たちにたずねる。

秋元「音楽はいつから?」

〇〇「中学からです」

櫂「自分たち、生まれたときからの幼馴染なんですけど中学の時に慶太が父親からベースを買ってもらって、それがきっかけでバンドを始めました」

秋元「ほう、その頃からバンドを?」

〇〇「そうですね。明確にバンドを組むというわけではないんですけど、自然と楽器を弾き鳴らしてる感じです。バンド名も決まってないですしw」

秋元「そうなのかい? 確かYouTubeのチャンネル名にβとあったから、バンド名なのかと」

慶太「あれは、β版という意味で動画投稿のテストでやり始めたらそのままづるづる行っただけで、正式なバンド名じゃないんです」

それからもいろいろ質問されて一通り答えたところで急に今野が立ち上がる。

今野「君たちのことはおおよそ理解できた、ありがとう。最後に君たちの演奏を聴きたいんだが、オリジナル曲とかあるかい?」

〇〇「え、演奏を、ここでですか!?」

今野「ああ、楽器はこちらが用意したもので申し訳ないが、お願いできるかな」

今野がそう言うと部屋にギターとベース、そしてドラムスやエフェクター、アンプなどが運び込まれてセッティングがあっという間に完了した。

もう、後戻りはできない。

櫂「おい〇〇、聞いてねーぞ」
慶太「そうだぜ、なんだこの状況」

〇〇「いや、おれもまさかこんなことになるとは…」

そういいつつも、〇〇も二人も顔を見合わせると、意を決したようだった。

〇〇は向き直って秋元と今野に言う。

〇〇「わかりました」

3人は楽器を手に準備をする。

その最中も黒縁メガネの奥に鋭さを感じさせる独特のオーラを放つ、誰もが知る大物プロデューサー秋元康と、同じく秋元の数多くの偉業を支えてきた歴戦の猛者である今野義雄が、眼の前の若者を見極めようと睨みをきかせている。

準備ができて、〇〇はふたたび秋元と今野に向き直って、深呼吸をいといきつてからギターにピック構えた。

〇〇「それじゃあ、演奏させていただきます。オリジナルの曲で『卒業』」


〇〇たちの物語がはじまった。



つづく

この物語はフィクションです
実在する人物などとは一切関係ございません


Song
乃木坂46『今、話したい誰かがいる』

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