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隣は推しメン 中編


フランクフルトに降り立った〇〇は海外でより一層の緊張感のある入国審査をパスして、なんとか無事に入国を果たした。

空港からホテルのある駅までは電車で向かう。

Uberとかのほうがラクだという人もいるかもしれないが、異国の地で公共交通に乗るとなんとなくその国や地域の文化に触れられる気がして好きだった。


空港直結の地下鉄駅で切符を買う。

改札のない駅を進み、ホームへと向かう。
スーツケースをガラガラと鳴らしながら進む。

まわりは異国の人ばかり。
日本人の姿はない。
海外に来たのだと実感する。

電車に乗り数駅先のコンスターブラヴァッへという駅に向かう。

時間にしたら20分くらい。

地下から地上に上がると駅前には大きな広場が広がり、マルシェのような市場や露店が出て賑わっていた。

そこから歩いてホテルに向かうが、途中でスーパーに寄って夜ご飯の買い出しを済ませる。
疲れて外に食べに行く元気は残っていない。

適当にドイツでしか買えなそうなものを買って、せっかくだからドイツビールを手にホテルに向かう。

チェックインを済ませてテーブルの上に買ったものを並べて、海外出張らしからぬ一人きりの晩餐をはじめた。


どれもそれなりにおいしい。
スーパーのやすい惣菜だが、味付けが日本とは違うからかこんなものでも異国情緒が感じられてそれなりに楽しめた。

パンにハムとチーズを挟んでまるかじりして、ドイツビールで流し込む。

サマータイムだからか、外はもうよる9時近いというのに外は明るい。

そんな窓の外を眺めながら〇〇は物思いにふける。


〇〇「(…初日から驚きの連続だったな)」


いつの間にか浮かぶ菜緒の顔。
しかし、目に焼き付いていたのは別れ際に見えた彼女の寂しそうな表情だった。

もっと笑顔とか楽しそうな表情を見たはずなのに。

〇〇「(悪いことしたな…)」


〇〇は後悔に苛まれながら、ドイツでの初日を終えた。






翌日

朝からカンファレンスに参加して、真面目に仕事をする〇〇。
世界中から業界の関係者が集まりそこらかしこで商談やネットワーキングが行われている。

会社から命じられた商談を無難にこなし、運良くプラスアルファの成果をゲットできた〇〇はひと足早くカンファレンスを後にした。




〇〇「うまそ~!」

ドイツに来て食べたかったものの一つ。
ハンバーガー。
ポテトの量がすごいけど、メッチャ美味そう。

テラス席でドイツの空気に触れながら食べるスタイルに憧れてホテルの近くで良さげなお店を見つけて少し早いディナーと洒落込む。

ガブリとかぶりつくスタイルでハンバーガーを今まさに口へと運ぼうとしたその瞬間。

菜緒「〇〇!!」


ビックリしてハンバーガーを落としそうになった。
もう二度と生で聴くことはないと思っていた声に名前を呼ばれて驚いて声の方を振り向く。

そこにはもう二度と会わないと思っていた小坂菜緒が道を挟んで反対側から叫んでいた。

〇〇「こ、小坂さん!?」


思わず〇〇が叫び返すような声で彼女の名前を呼ぶと、菜緒は少しムッとした表情になったと思ったら足早に〇〇のもとに駆け寄ってきた。

〇〇「こ、小坂さ―」


菜緒「菜緒!」


〇〇「えっ?」


菜緒「な・お!」


ここまで来てようやく名前で呼べということだと理解した〇〇は慌てて呼び方を変える。


〇〇「な、菜緒」


菜緒「フフ」

菜緒は〇〇に名前を呼ばれると隣に腰掛けながら嬉しそうに微笑む。

その仕草や表情に思わず見とれていたのだが、菜緒はふたたび顔をしかめはじめた。


〇〇「びっくりした。まさか菜緒にドイツの街なかで出逢うなんて」

菜緒「菜緒もビックリした。撮影終わってちょっとだけ散策してたら、大口開けてハンバーガー食べようとしてる〇〇がおるんやもん」


〇〇「ドイツと言えばハンバーガー食べないとね。あとフライドポテト」


菜緒「そうなんや。確かにお肉とジャガイモってイメージかも」


〇〇「そゆこと。いただきま~す」


〇〇はあらためてハンバーガーを口に運ぶ。
肉汁が溢れ出して濃厚なソースに肉とオニオン、そしてトマトたちがあわさり絶品だった。


〇〇「うまっ!」


そこにとどめと言わんばかりにフライドポテト。


〇〇「うまっっ!」


最後にコーラを流し込む。


〇〇「くぅ~、ヤバっ!」


悪魔的な甘さに舌鼓を打っていると、菜緒がむくれた表情で〇〇を睨んでいる。
すっかり彼女のことを忘れて楽しんでしまっていた。


菜緒「美味しそうにたべるやん… 菜緒も食べたいけど、このあとスタッフさんたちとご飯やしな…」


彼女も仕事できているのだ。
一人身の〇〇と違って、食事を一緒に食べに行くのは自然なことだ。

そんなことを思いながら、ポテトを一つ口に入れた瞬間だった。


菜緒「そうや! 〇〇の一口ちょーだい!」


菜緒の言葉に思わずむせ返ってしまう。
別にフライドポテトの塩っけのせいでもなければ、コーラが変なところに入ったわけでもない。
菜緒の言葉に驚いたからだ。

〇〇「ち、ちょ、俺のってこれ!?」


〇〇は食べかけのハンバーガーを指さした。


菜緒「そう!」


〇〇「ポテトだけじゃダメ…?」


菜緒「アカン。〇〇があんな美味しそうにハンバーガーからポテト、コーラの流れを見せるんが悪い」


〇〇「いや、でもさ…」


菜緒「ええやん、飛行機の中でも海老もらったりしてたし、いまさら気にすることないやろ」


そういいながら菜緒は〇〇の前にあったハンバーガーの乗ったお皿を自分の前に引き寄せる。

そんな菜緒の姿を見ながら、気にするよな、と心のなかで自問自答していた。
だって飛行機の中でのことは一口も口つけてないやつだからまだしも、今回はすでに口つけちゃってるし。
いわゆる間接キスってやつで。

子供っぽいとか言われるかもしれないが、相手が日本トップクラスのアイドルなんだから、気にするなという方が無理ってもんだ。

菜緒「いただきま~す!」


しかし、菜緒はそんなこと気にもしてないかのようにハンバーガーを口に運んでいた。


菜緒「ん~~! 確かに美味しい! ポテトもうまっ!」


気にしていないからか、〇〇の囓った直ぐ側をかぶりつく菜緒。同じハンバーガーを食べているだけなのにどうしてこんなに可愛いんだろうか。

菜緒に見とれながらふと気がつくと、彼女はまたしても気にする様子もなく〇〇が口にしていたコーラをストロー越しに堪能していた。


菜緒「はぁ~、美味しかった!」


〇〇「そりゃ、よーござんした」


彼女からハンバーガーを取り返す。
ハンバーガーには仲良く並ぶ二人の食べた跡。
気恥ずかしさを隠しながら、〇〇はハンバーガを平らげていった。




菜緒「なぁ、そういえばあれなんだったん…?」

〇〇がハンバーガーを、食べ終えてコーラを飲んでいると、菜緒が不意に声色を落として問いかけた。


〇〇「あ、あれって…?」


なんのことかわからず、〇〇は思わずしどろもどろになりながら聞き返す。


菜緒「飛行機の別れ際の言葉。さようなら、ってなんなん」


菜緒が〇〇の方に向き直ってグイッと身体を近づけながら語気を強めた。


〇〇「あ、いや、だって…」


菜緒「あんな言い方しなくてもええやん。悲しかったんやけど…」


〇〇「ご、ごめん。でも、菜緒と僕は住む世界が違うから、その、自分なんかと関わってちゃいけないと思って…」

菜緒は芸能人。しかも今をときめく日向坂46のエース。紛れもないトップアイドルだ。
それに対して〇〇はただの一般人。特別な才能もなければ容姿が美しいとかでもない。

住む世界が違う。
そんな自分と菜緒が関わってはいけないのだ。

そう思った〇〇の決断の結果の行動だった。

しかし、菜緒はそんな思いとは裏腹の思いを抱えていたらしく、〇〇の言葉に感情を露わにした。


菜緒「なんなんそれ! 菜緒は〇〇といて楽しかった。もっと一緒にいたいと思ったの! 関わっちゃダメとか勝手に決めないで!」


真剣さの伝わる菜緒の言葉。
それが嘘偽りのない真実の言葉だということは〇〇にも痛いほどわかった。


〇〇「ごめん…菜緒の気持ち考えれなくて」


〇〇はそれしか言葉が見つからなかった。


菜緒「ううん、わかってくれたならええんよ。なぁ、〇〇は菜緒といるのは嫌?」


〇〇「そんなわけない!」


〇〇は思わず強く否定した。


〇〇「菜緒といて嫌なんて思うわけがない。ずっと推しだったというのもあるけど、こうして一緒にいて、たくさん話しもして、前よりもずっと菜緒のことが好きになったんだ。だから、嫌なんて思うわけない」


〇〇の言葉に、菜緒は嬉しそうに微笑む。


菜緒「ふふ、ありがとう〇〇。でも、なんか愛の告白みたいやな///」


嬉しそうにしつつも照れた様子の菜緒。

しかしそれ以上に照れていたのは他でもない〇〇だった。自分言った言葉の意味を今更ながら認識して、照れくささがこみ上げる。


〇〇「いや、あれは、その!」


〇〇が必死に弁明しようとしたときだった。

不意にスマホの着信音が鳴る。
それは〇〇のではなく菜緒のだった。


菜緒「あ、マネージャーさんからや」


どうやら電話だったらしく、菜緒はスマホを耳に近づけて話し始める。


菜緒「あ、もしもし。はい、もうすぐ戻ります。大丈夫ですよ、ホテルの近くをちょっと散歩してただけですから。一人で戻れます。はい、それじゃ」


手短に電話を済ませると、菜緒はスマホをしまった。


菜緒「そろそろ戻らんと」


〇〇「ホテルの近くまで送ってくよ」


菜緒「ほんま? ありがとう」


店をあとにして、菜緒の先導で彼女が泊まっているホテルまで送っていく。
並んで歩く最中、日本ではないとはいえ、あたりを気にしてしまい、菜緒の話に集中できない〇〇。


菜緒「〇〇、聞いてる?」


〇〇「え?」

案の定、菜緒に気づかれてしまった。


菜緒「もう、ちゃんと聞いててよ」


〇〇「ごめんごめん、一応周り気にしておこうかと思って」


菜緒「気にしてくれるのは嬉しいけど。あ、もうそこが菜緒が泊まってるホテルだよ」


そんなこんなでものの数分で目的地に辿り着こうとしていた。
しかし、菜緒が指差すホテルをみて、〇〇は驚きを隠せなかった。


〇〇「え、あそこのホテル?」


菜緒「うん、そうだけど、どないしたん?」


〇〇「…俺が泊まってるのもあそこなんだよね」


菜緒「ほんま!?」


菜緒は先程と同じくらいの大きな声をだしながら、〇〇に詰め寄った。


〇〇「うん、ほら」


そういって〇〇はホテルのルームキーの入ったカードケースを彼女に見せる。


菜緒「あ、ホンマや!」


彼女もまた同じカードケースを取り出して〇〇に見せた。確かに彼女のものは〇〇のものと同じホテルのロゴがあしらわれていた。

こんな偶然があるものなのだろうか。

〇〇が半ば呆気に取られていると、菜緒はスマホを取り出して、〇〇のカードケースを写真に撮った。


〇〇「え? なに? どうしたの?」


菜緒「え、いつでも行けるように部屋番号写真撮っておこう思って」


なんか、とんでもないことをサラッと言った気がするが、〇〇の脳内処理が追いつかないまま、菜緒は続けざまに次の矢を放つ。


菜緒「〇〇のLINE教えて! 後で連絡するから!」


もう、そこからは菜緒の勢いに押されて、断るとかそんなこと考える余裕もなく、気がつけば〇〇のLINEに菜緒からのメッセージが送られてきていた。


菜緒「ちゃんと登録しといてな。もし返事返してくれへんかったら泣くから」



そういいながら、菜緒はひと足早くホテルのなかへ足を踏み入れると、すぐ近くにあったエレベーターに乗り込む。


その瞬間、チラッと〇〇のほうを振り向いて小さく手を振りながら、口パクで「またね」といってエレベーターのドアが閉まっていった。



〇〇「マジか…」

〇〇はスマホの画面に表示された菜緒を友だち登録しながら、まだ実感のわかない感情を声にのせて漏らした。













おまけ


部屋で〇〇がくつろいでいると、不意に菜緒からのLINEが届く。

菜緒「〈やほー、今ご飯会おわったよ<⁠(⁠ ̄⁠︶⁠ ̄⁠)⁠>〉」


本当にきた。
LINEを見ながら夢ではなかったと思いつつ返事を返す。


〇〇「〈お疲れさまー、何食べたの? 美味しかった?〉」


菜緒「〈何やと思う〜?〉」

なんだろうと考えようとしたとき、続けてLINEが届く。

菜緒「〈直接話したいから、これから部屋行くなー╰⁠(⁠*⁠´⁠︶⁠`⁠*⁠)⁠╯〉」

〇〇「マジか」

何度目かの言葉を言いながら、慌てて部屋をキレイにする。


ちょうど片付け終えると部屋のベルが鳴った。
ドアスコープから覗くと菜緒が一人で立っているのがみえた。
待たせてはいけないとドアをあける。


菜緒「やっほ」

菜緒は〇〇がドアを開けて身を引いたのを確認してから、お邪魔します、といいながら部屋に入ってきた。


〇〇「あれ、てかどうやってこれたの?」


菜緒「なにがー?」


〇〇「エレベーターだよ」


〇〇の疑問ももっともだった。
このホテルはエレベーターもルームキーをかざすと部屋のあるフロアに自動で行けるようになっていて、逆に自分の部屋以外のフロアは行けない仕様になっている。

何故、菜緒がこれたのか謎だった。


菜緒「あぁ。ほらこれ」


菜緒はそういいながら自分のルームキーの入ったカードケースを取り出して〇〇に見せる。

そこには彼女の部屋番号が記されていた。
そして、それは〇〇のフロアと同じフロアの部屋番号だった。


菜緒「言っとくけど、偶然やからな」


〇〇「マジか」







つづく


この物語はフィクションです。
実在する人物などとは一切関係ございません。

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