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否定とは何か?〜中学生からの論理学入門 付録
本記事は投げ銭スタイルです! 応援よろしくお願いします。
前回の記事で、論理で重要な3つの接続詞「かつ」「または」「ならば」を含む判断について説明した。
この記事は論理学で重要な最後の接続詞「でない」について詳しく説明する。
「でない」は否定を意味する。
否定なんて簡単でしょ!
例えば「ボクは男である」の否定は「ボクは男でない」だし(ボクっ娘)、「かすみちゃんは俺のことが好きだ」の否定は「かすみちゃんは俺のことが好きでない」になる。単純な話「である」を「でない」に変えるだけでしょ?
と思ったアナタ。間違っている可能性が高い。ぜひこの記事を読んで欲しい。
否定はそんな単純ではないのだ。
否定の落とし穴
改めて、以下の定言判断の否定は何になるだろうか?
犬は飼育動物である。
は? そんなの簡単でしょ! これに決まってるだろ!
犬は飼育動物でない。
こう思った人。
残念ながらこれは間違いだ。
間違っている理由を説明しよう。
単純判断の否定
否定の意味
「単純判断」の記事で「全称"否定"判断」「特称"否定"判断」とサラッと「否定」という言葉を登場させたが、否定とは一体なんだろうか?
否定とはズバリ、「間違いだ」と主張を打ち消すことである。また否定「Aでない」と肯定「Aである」は、同時には成り立たない(注1)。これは、「Aである」が真のとき、「Aでない」は必ず真ではない、すなわち偽である、と言うこともできる。肯定と否定は常に真偽が反転している。また、肯定と否定を同時に含む主張を矛盾と呼ぶ。
これが否定の意味である。
注1)これは「排中律」と呼ばれる論理法則を前提としている。詳しくは補足1を参照してほしい。
「否定の落とし穴」の問題の解答
では最初に挙げた
犬は飼育動物である。
の否定がどういう意味になるか考えてみよう。
ここで注意すべきはまず、この判断は全称「全ての」が省略されているということだ。省略を補うと次のようになる。
全ての犬は飼育動物である。
これが最初の落とし穴である。
次に、否定は打ち消しであるということを思い出そう。「全ての犬が飼育動物である」が打ち消される場合を考えたとき、1匹でも野生の犬が存在すればよいことがわかる。よって、否定は以下のようになる。
飼育動物でない犬が1匹でも存在する。
= 一部の犬は飼育動物でない。
≠ 全ての犬は飼育動物でない。
このように「(全ての)犬は飼育動物でない」は間違いだとわかる。
否定を、安易に語尾を「〇〇である」を「〇〇でない」と変えるだけと考えると間違いを起こすので注意が必要である。
間違えないために「全称の否定は、否定の存在」と覚えておくとよいだろう。
以下にもう一度まとめておく。
「全ての犬は飼育動物である」の否定(全称の否定)
○「飼育動物でない犬が存在する」(否定の存在)
=「一部の犬は飼育動物でない」
✗「全ての犬は飼育動物でない」
否定の導入
単純判断(=定言判断)に対する否定を導入を整理しよう。
「SはPである」という定言判断をpとし、それを否定すると、
SはPでない。
となる。これは否定を意味する論理記号「¬」を用いて以下のように表せる(「¬」は他にも「〜」と表すことがある)。
¬p
複合判断の否定(ド・モルガンの定理)
単純判断の次は、連言と選言を含む複合判断に否定を導入しよう。
復習
定言判断pとqを連言「かつ」で連結した判断「pかつq」を考える。「かつ」は論理記号では「∧」と表される。
ポチは哺乳類である、かつポチは飼育動物である。
この判断の意味を考えると、「ポチは哺乳類である」と「ポチは四足歩行である」が両方とも正しいということを意味している。
一方、定言判断pとqを選言「または」で連結した判断「pまたはq」は選言判断とよばれる。「または」は論理記号では「∨」と表される。
彼が犯人である、または彼女が犯人である。
定言判断pとqを仮言「ならば」で連結した判断「pならばq」は仮言判断とよばれる。「ならば」は論理記号では「⇒」と表される。
かすみちゃんが失恋するならば、かすみちゃんは悲しむ。
連言・選言・仮言についての詳細は以下の記事を参照して欲しい。
連言と選言によって連結された判断を否定するとどうなるだろうか。
連言の否定
ポチは哺乳類である、かつ、ポチは飼育動物である
この連言の判断「p∧q」の否定を考えよう。論理記号では以下のように表せる。
¬(p∧q)
これを具体例で変換してみよう(注1)。
(ポチは哺乳類である、かつ、ポチは飼育動物である)でない
=ポチは哺乳類と飼育動物どちらでもある、ということはない
=ポチは哺乳類か飼育動物の少なくともどちらか、ではない
=(ポチは哺乳類でない)また(ポチは飼育動物でない)
ポチ=「野犬」、ポチ=「飼育している金魚」などが一例だろう。これは論理記号では以下のようになる。
¬p∨¬q
この変換は等価であるという意味の記号「⇔」を用いて
¬(p∧q) ⇔ ¬p∨¬q
と書ける。「連言の否定は否定の選言」と覚えておこう。
混乱しそうになったらベン図を描くのも方法だ。「哺乳類である」「哺乳類でない」のベン図を書いて、各領域がどのような意味になるか考えよう。
![](https://assets.st-note.com/img/1659861400247-A7Iqz2Fdkr.png?width=1200)
選言の否定
彼が犯人である、または、彼女が犯人である
この選言判断「p∨q」の否定を考えよう。論理記号では以下のように書ける。
¬(p∨q)
これを具体例で変換してみよう。
(彼が犯人である、または、彼女が犯人である)でない
=彼か彼女の少なくともどちらかが犯人である、ということはない
=彼も彼女もどちらも犯人ではない
=(彼が犯人でない)かつ(彼女が犯人でない)
これは論理記号では以下のようになる。
¬p∧¬q
この変換は等価であるという意味の記号「⇔」を用いて
¬(p∨q) ⇔ ¬p∧¬q
と書ける。選言の否定は否定の連言と覚えておこう。
このような連言と選言の判断の否定に関する法則を「ド・モルガンの定理」と呼ぶ。
ちなみに、選言の否定をさらに一段階変形する(両側に否定記号をつける)と、選言判断が以下のように表される。
p∨q ⇔ ¬(¬p∧¬q)
ド・モルガンの定理はどういうとき便利?
世の中には「かつ」「または」で複数の主張が連結された主張(複合判断)がたくさんある。その複合判断を否定したい場合にド・モルガンの定理が役に立つのだ。ド・モルガンの定理は複合判断の否定の道筋を示してくれる。
Q:主張「pまたはq」を否定するには?
A:主張pと主張qの両方を否定しないとダメ!
Q:主張「pかつq」を否定するには?
A:主張pと主張qのどちらか一方を否定すればオーケー!
具体例でいこう。
あなたは殺人の容疑をかけられてしまった! あなたはその疑いを晴らしたい。そのためには、あなたに関する事柄が犯人に関してわかっている事柄と矛盾関係、すなわち否定になっていればよい。
犯人についてわかっていることが「犯人は医師または薬剤師である」だとしよう。この場合あなたは「医者でも薬剤師でもない」ということを示さなければならない(例えば歌手とか)。
一方で「犯人は医師かつ男性である」の場合は、あなた「男性でない」か「医師でない」どちらかが示せればそれで済む(女性医師、男性教諭はセーフ)。
複合判断の否定は日常会話でも頻出する。しかも一瞬頭がこんがらがるのでド・モルガンの定理の変換には慣れておいたほうがいい。そうしないと以下のような事故が起きてしまう。
あたな「今日のディナーは何食べたい?」
かすみ「熱くて辛いものじゃなければなんでもいいよ!」
あなた「(冷たくて甘いものだな……)アイスにしよう!」
かすみ「えっディナーにアイス……?」
「熱くて辛いものじゃない」というのは「熱くないもの、または、辛くないもの」という意味だ。だからキムチ冷麺(辛いけど熱くない)とかハンバーグ(熱いけど辛くない)で良かったわけだ(アイスとかドン引き)。
あなた「これから何食べる?」
かすみ「熱いものか辛いものじゃなければいいよ!」
あなた「(冷たいものか甘いものかだな……)キムチ冷麺で!」
かすみ「えっ辛いじゃん……最低」
今度はキムチ冷麺で爆死してしまった。
「熱いものか辛いものじゃない」というのは「熱くないもの、かつ、辛くないもの」という意味だ。だからキムチ冷麺は辛いのでアウト。ここはざる蕎麦やサンドイッチが正解だろう。
仮言の否定
かすみちゃんが失恋する、ならば、かすみちゃんは悲しむ
このような仮言判断の否定はどうなるだろうか?
これは少々ややこしくなる。
ざっと思いつく否定の候補は以下のような感じだ。
①かすみちゃんが失恋しない、ならば、かすみちゃんは悲しまない
②かすみちゃんが失恋する、ならば、かすみちゃんは悲しまない
③かすみちゃんが失恋する、かつ、かすみちゃんは悲しむ
④かすみちゃんが失恋する、かつ、かすみちゃんは悲しまない
否定のそもそもの意味に立ち戻ってみよう。否定は肯定と矛盾関係にある。そのため、最初の主張「かすみちゃんが失恋するならば、かすみちゃんは悲しむ」と矛盾関係にある主張を探せばよい。
まず前半の「かすみちゃんが失恋する」に着目しよう。
「かすみちゃんが失恋する」という前提が満たされた場合にしか語られていない。そのため、「かすみちゃんが失恋しない」という状況では、何があろうと矛盾は発生しない。前提が違うのだから。
そうなると答えはこうだろうか。
かすみちゃんが失恋する、ならば、かすみちゃんは悲しまない
結論から言うとこれは間違いである。
「かすみちゃんが失恋する、ならば、かすみちゃんは悲しむ」は、最初の肯定文「かすみちゃんが失恋する、ならば、かすみちゃんは悲しまない」とは矛盾しないのである。
これは「かすみちゃんが悲しむ」という前提が偽であった。
かすみちゃんが失恋した、その場合においても、かすみちゃんは悲しまない
=かすみちゃんが失恋する、かつ、かすみちゃんは悲しまない
まとめると、「p⇒q」の否定は論理記号では以下のように表せる。
¬(p⇒q) ⇔ p∧¬q
(かすみちゃんが失恋する、ならば、かすみちゃんは悲しむ)でない
=かすみちゃんが失恋する、かつ、かすみちゃんは悲しまない
参考文献
山下正男(1985)『論理的に考えること』岩波ジュニア新書
野矢茂樹(2006)『入門!論理学』中公新書
前回:選言判断と仮言判断
次回:対偶・必要十分条件
補足
否定における暗黙の前提:排中律と矛盾律
さて、この記事では否定をテーマにして、矛盾やド・モルガンの定理などについて説明してきた。
実はここまでの説明で暗黙の前提にしていた法則がある。それは「排中律」である。排中律というのは「『Aである』か『Aでない』か必ずどちらかである。中間はない」という意味である。
当たり前すぎて考えるまでもなく、すんなり受け入れて良いように思える。筆者もそう思っていた。しかし、以下の例を知ると事はそう単純ではないと感じる。
円周率に関して、こんな問いを立ててみましょう。「πの無限小数展開のうちに、7が十回続けて現れることはあるか。」いまのところそういう列は見つかっていません。
現れたときには「現れた」と言えるのでよいのですが、「現れない」というのはどうすれば言えるのでしょうか。だって、無限に続くんですよ。どこまでいっても現れない。いつあきらめればいいのか。あきらめたまさにその次に7が十個続きはじめるかもしれないじゃないですか。「πの小数展開に7の十連結は現れない」というのは、証明できないのです。でも、無限小数も実在していて、それは人間が分からないだけでちゃんと決まっているんだと考えるひとは、「現れるか現れないかどちらかだ」という排中律をここでも認めます。これはもう、たんに論理の問題ではなく、「無限」ということをどう捉えるかという根本的な問題になるわけです。
論理学には、排中律を認めない体系も存在するようだ。
ちなみに「二重否定は肯定になる」という二重否定則も排中律を前提にしている。詳しくは野矢茂樹(2006)『入門!論理学』中公新書を参照されたい。
もう1つ前提にしていた法則が「矛盾律」である。「『Aである』と『Aでない』は同時には成り立たない」という意味だ。
排中律と矛盾律は論理学における公理のようなもので、基本となる3原則のうちの2つである。他の1つは「同一律」である。同一律は「『Aである』ならば『Aである』」という意味で、驚くべきほど当たり前のことを言っている。
論理学のような基礎学問は、このような当たり前のことを確認した上で出発する。
どこを否定するかで意味が変わる
「昨日かすみちゃんは失恋した」という主張を否定するときに、主張のどの部分を否定するかによって意味が変わってくる。
例えば、「かすみちゃんが失恋したのは、昨日ではない」という形の否定を作ることもできるし、「昨日失恋したのは、かすみちゃんではない」とか「昨年かすみちゃんがしたのは、失恋ではない」という否定を作ることもできる。
4種の定言判断の否定
この記事で定言判断には以下の4つの種類があると説明した。
(1)全てのSはPである。 (全称肯定判断)
(2)全てのSはPでない。 (全称否定判断)
(3)一部のSはPである。 (特称肯定判断)
(4)一部のSはPでない。 (特称否定判断)
これらの否定を整理しておく。
(1)の否定
これはすでに見てきた。「全称の否定は、否定の存在」なので、
(1)の否定
=「全ての犬は飼育動物である」の否定(全称肯定判断の否定)
=「飼育動物でない犬が存在する」(否定の存在)
=「一部の犬は飼育動物でない」(特称否定判断)
=(4)
となる。
(3)の否定
(3)の否定
=「一部の犬は飼育動物である」の否定(特称否定判断の否定)
=「飼育動物である犬が存在する」の否定
=「飼育動物である犬が存在しない」(存在の否定)
=「全ての犬は飼育動物でない」(全称否定判断)
=(2)
「存在の否定は、全称の否定」と覚えよう。
(2)の否定
二重否定則を用いれば
(2)の否定=(3)の否定の否定=(3)
とすぐにわかる。
(4)の否定
二重否定則を用いて
(4)の否定=(1)の否定の否定=(1)
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