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「この1年で人生が変わった」小杉湯となり店長の妥協しない選択

高円寺の銭湯・小杉湯の隣に位置する会員制シェアスペース「小杉湯となり」。昨年、店長に就任したのは、弱冠20歳の女の子だった。
山﨑紗緒。進路に迷っていた学生最後の冬、一本の映画をきっかけに銭湯に興味をもった彼女は、小杉湯に張り出された掲示で小杉湯となりの存在を知る。

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「大家族育ちで、学校では生徒会長。当時は、家にも学校にも1人でいられる場所がなくて、そういう場所があったらもっと生きやすかったなと思っていたんです。」

家でも会社や学校でもない。1人でいることを許容される、そんな小杉湯となりのあり方に、「自分が作りたかったことはこれだったんだ」と、当時の感動を明かす。

小杉湯となりで働くスタッフのインタビュー企画「となりとワタシ」。第一回は、小杉湯となりの店長という、ロールモデルのいない道を切り開く、山崎紗緒の素顔に迫る。

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山﨑紗緒(21) 小杉湯となり・店長
横浜市出身。5人兄妹の4番目として生まれる。中学高校と部活の部長や生徒会長を務め、先生と生徒の橋渡しの役割を担う。「小杉湯となり」では、店長として現場改善やスタッフのマネジメントを行い、月に2回、珈琲とフルーツサンドの店「sao cafe」を「小杉湯となり」の中で出店。
「とても21歳とは思えない落ち着き」と、その冷静な見方と細やかな気遣いへの信頼は厚い。
Twitter: https://twitter.com/saoyamazaki_

1本の映画をきっかけに、馴染みのなかった「銭湯」に魅了された

最初に銭湯に興味をもったきっかけは、銭湯を舞台にした映画「わたしは光をにぎっている」だった。就活がうまくいかず閉じこもりがちだった主人公が銭湯で働くことで、地域とつながり、自分らしさを取り戻す姿に自分を重ねた。

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「私もちょうど進路に迷っていて、”春からどうしよう”というタイミングだったので。それまで全然銭湯には馴染みがなかったのですが、一人暮らしをしようとしていた私にとって、銭湯のお客さん同士のような、近すぎず遠すぎない”顔見知り”の存在って重要だなって思いました。
たまたま大学から近い小杉湯に来たときに、小杉湯となりを知って。わたしの作りたい空間はこれだ、、ってなったんです。」

今では毎日、小杉湯と小杉湯となりで多くのお客さん相手に接客しているが、小さい頃は引っ込み思案な性格だったと言う。

「話すことが苦手で、お母さんの後ろに隠れているタイプでした。けれど、中学の時に好きだった人に『大人しすぎる』って言われて悔しかったので、文化祭のミュージカルで、思い切って監督になって、優秀賞を取りに行きました。負けず嫌いすぎるんです(笑)

そこから全体をまとめるみたいな役割が、”実は向いてるかも”って思って。家では子供でも親でもない、学校では生徒でも先生でもない、中間みたいなポジションになぜかいることが多くて、今もそんな感じですね。」

男子生徒9割の高校生活では、誰よりも学校にいた

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進学した高校は、男子9割、女子1割の特殊な環境だった。外国籍の生徒が半数以上、勉強ができる子もいればできない子もいる。銭湯のような多様性のある環境で、彼女は生徒会長、軽音部の部長として一人一人と向き合い続けた。

「最初は生徒会長として行事をうまく進めるために、とにかくみんなと1対1で話をして、全員と仲良くなっていました。それが全然苦じゃなくて楽しかった。
学校に早く来る人も、遅い時間まで学校に残る人とも話すので、誰よりも長い時間学校にいました。

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高校卒業後、選んだ道は短大の栄養学科。中学の時に両親が離婚したことをきっかけに母親代わりに家族に料理をつくっていた彼女。どうせ作るなら、栄養のとれた食事を食べてほしい。一生関わっていく”食”のジャンルで「手に職をつけよう」という気持ちで選んだが、卒業後の進路には迷いがあった。

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「学校に勤めて給食の仕事をしようかと思ったんですけど、自分が本当に一生をかけてやりたいことなのかな?って思うと迷ってしまって。いつか自分の名前で仕事がしたいという気持ちもあったので。
自営業の父には『なんでも好きなことをして良いが、妥協はするな』と言われていたので、卒業したら本当にやりたいことを一年間かけて探そうと思っていました。

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偶然出会った小杉湯となりで、アルバイトとしての生活をスタートして間もなく、新型コロナウイルスの影響で、小杉湯となりは飲食事業から会員制シェアスペースとしての運営に切り替わるなど、日々落ち着かない経営状況が続いた。
先の見えない中でも、銭湯のような居心地を追求し、来てくれる人のための地道な改善を積み上げる。彼女の影の努力と、誰よりも小杉湯となりにいることの安心感。チームの中でも彼女の存在は大きくなり、昨年9月、店長に就任した。

会員さんのことは、めっちゃ観察しています

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「実は、店長になることが決まった時、物凄いプレッシャーで押しつぶされそうでした。年下の自分が指示出しなんかできない、自分一人で、”孤独だな”と思っていました。銭湯ぐらしに入って日が浅い分、自分だけじゃ判断できないことが多くて悔しかったんです。

しかし、店長になったことで、次第に考え方が変化したと続ける。

「会員さんがやりたいことを実現できて、スタッフ一人一人がより自由に働けているという状況が、となりにとってもいい循環が生まれると思いました。店長になったからこそ、率先して自分が会員さんたちのやりたいことを叶えようと思えたんです。」

写真部やコーヒーのテイスティングイベントなど、会員さんの興味を引き出しながら、くらしを楽しむ企画を生んでいる彼女。小杉湯となりでは、掃除や会員さんのサポート、ECで販売する”お風呂のもと”づくりなど、その業務内容は多岐にわたる。日頃、彼女が会員さんとのコミュニケーションで意識していることがある。


「毎日、会員さんと必ず一人一言は交わすようにしています。会員さんはそれぞれ自分のやりたいことをやるので、会話を必要としないときもあります。だからこそ入ってきたときと、帰る時は目を見て挨拶。銭湯の番台と同じですね。
もしかしたらここ以外でもできるかもしれない仕事を、わざわざとなりまで足を運んでしてくれている。感謝を込めて『こんにちは』と『おやすみなさい』を言っています。銭湯と違って来る目的はさまざまだし、その日の様子に応じてかける言葉を変えるので、会員さんのことは、こっそりとめっちゃ観察しています(笑)

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定期便の会員さんに届ける”お風呂のもと”は、真心を込めればしっかり届くし、気が緩んだらそれが伝わる。徐々に他のスタッフの丁寧さも増してきていて、どんどん仕事が良いものになってるのを感じるので、自分も気持ちを引き締めながら取り組んでいます。」

小杉湯となりは「それぞれの過ごし方でいられる場所」

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小杉湯となりは、やりたいことに挑戦できる場所でもあり、「ただいるだけ」でも許される場所であり続けてほしいと語る彼女。

昨年から、自らの発案で、2週間に1度フルーツサンドと珈琲のお店「sao cafe」を小杉湯となりで開催している。カラフルなお花模様のフルーツサンドは、予約開始後1時間以内で売り切れるほどの人気だ。


「たまたまYoutubeで見ていた花柄のフルーツサンドをかわいいなと思っていて、これ作ってみたいです!と手を挙げました。その頃はちょうど自粛期間中でみんなが緊張感を持って張り詰めていた空気でした。そんなときに甘くて可愛いフルーツサンドが癒されるって好評で、周りに乗せられて続けているうちに、8ヶ月も経ちました。

この一年、自分自身が欲しかった場所、小杉湯となりで働くうちに「やりたいこと」が見えてきたと彼女は言う。

「自分は母性が強いタイプだと思っているので、愛情を循環させて、将来オトナとして、子どもたちに将来の選択肢が無限にあることに気づいてもらったり、やりたいことにチャレンジできるような環境を作っていきたいです。

妥協しないでやりたいことを探した結果、銭湯ぐらしや小杉湯となりと出会うことができたと思っているので、自分にとって最もベストな選択を諦めない人が増えて、それぞれがやりたいことをやってるところを見ていたいんです。」

小杉湯となりと出会って、二回目の春がくる。店長・山﨑は今日も小杉湯となりで人と向き合い続ける。

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取材・文:かとゆり
写真:川原健太


♨小杉湯となり♨
杉並区・高円寺にある銭湯「小杉湯」のとなり。銭湯が街のお風呂であるように、街に開かれたもう一つの家のような場所。現在は月額20,000円で  銭湯つきコワーキングスペースとして運営中。見学ご希望の方はこちらよりご連絡いただくか、お気軽にお立ち寄りください。

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