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この千円はただの千円じゃなくて

「本当にありがとうねえ」

私はこのおばあちゃんに、ものすごく貢献できたわけではない。

受け取れません、このお金は。
何度も何度も返そうとした。

「受け取って頂戴。優しくしてくれてありがとうね」

おばあちゃん、襲来。


私はあるサイトの運営に携わっているのだけれど、そこでの登録の方法が分からない、と電話をもらった。

「もう近くまで来てるのよねぇ」

基本的に訪問の対応はしておらず、電話かメールで自力でやってもらうことが前提となっている。

特に最近トラブルが発生したことから、社内で訪問による対応は禁止ルールになっていた。

いきなり凸るなんて、非常識じゃないか。
約束していたわけでもないのに、来ちゃうなんて…。

しょうがないので、電話を受けた私は、一旦自分で対応します、と引き受けた。

おばあちゃんと私

あくまでひとりで登録してもらわないと…
その先のサイトを使ったりだとかもひとりでできないとなんですよ…とブツブツ枕詞をつけつつ説明をしていった。

「ここをスクロールして…タップして…URLを……」
『専門用語が分からないのよ。ごめんなさいね』

最初は少し苛立ってしまっていたが、かわいらしく髪に小さいクリップをたくさんつけているおばあちゃんに私も強く当たれなかった。

「この、記号がたくさんあるところ押してね」
「この下を見たいから、画面を軽く擦るようにしてみて」
となるべく分かりやすい表現で説明した。

突撃訪問おばあちゃんとエンカウントすることも早々ないので、雑談も挟んでみた。

「スマホの操作難しいですよね~」
『そうなのよ〜。いつもは息子やお嫁さんがスマホの使い方を教えてくれるんだけどね、今週は会えなくってね。お嫁さん、とってもいい人なのよ」
『あら〜それが一番ですよ。とっても運が良かったですね!』

「ご出身はどちらなんですか?」
『出身は北海道なのよぉ』
「え、わたし秋田です!同じ北国ですねぇ」

そんなこんなで一通り登録手順は終わった。

「今日できることはここまでなんで、後は息子さんに聞きながらやってみてください」
『そうなのね。今日は本当にありがとうね。これ、ほんの気持ちだからジュースでも買ってね。』

そういって、千円札を渡してくれた。

「!!受け取れないです。怒られちゃいます、会社から」
『いいのいいの。秘密にしておいてちょうだい』

さっきチラッと見えたおばあちゃんの財布の中には、1枚しかお札が入っていなかった。

なけなしのお金を、最後までは力になれなかった自分に渡してくれたのがなんだかウルっときた。

「分からなかったらまたお電話ください!まあ私は来週で辞めるんですけど!」
『あらぁ、それは残念。でもほんとに、ありがとうね!』

今の会社で、特に何も功績を残せていないけれど、
おばあちゃんに何か届けられていたら良いなぁと思った。

この千円の重みは、自分が職場で頑張ってきた11ヶ月に相当するのかもしれない、と思った。


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