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山地と人間

  

山地と人間

はじめに

日本は山国と呼ばれる。国土の大半を山地が占め、海岸沿いや盆地のわずかな平地に多くの人々が住む。だからこそ、平地のどこであっても山地を仰ぎ見ることができ、平地から容易に山地に出向くことができる。一方でまた、山地は人の住む場であり、活動の舞台でもあった。そして、山地で得られた資源に、平地に住む人間は長らく依存してきたし、現代においては、山地が平地の人々のレクリエーションの場、住む場ともなっている。その意味で、日本人にとって山地は身近な存在である。

山地がすぐ傍らにあるとはいえ、山地という自然環境はどのような特色を有しているのだろうか、そして、そうした山地を人間がどのように利用してきたのだろうか。山地の地形や植生、人口や生業といった個々の事象に特化した著作はあったとしても、これらの事象を相互に関連付けて、その全体像を総合的に提示しようとした著作は存外ないのではなかろうか。本書は、地理学の立場から、日本における山地の自然の有り様とそこにおける人間活動の特色を示すことが狙いである。

本書は、専修大学文学部環境地理学科における、それぞれ専門を異にする9名の教員による9章からなる。そもそも周囲よりも高い峻立した山地がどのように形成されたのか、地形学を専門とする苅谷が提示する。こうした山地とその周辺では独特の気候が形成されるが、その特徴を気候学の赤坂が明らかにする。そして、山地の地形と気候のもとで、山地特有の動植物の生息の有り方がある。平地とはどのように異なる生き物が暮らしているのか、生態地理学の高岡が示してくれる。さらに、山地は我々の生活に多様な恵みを与えてくれるとともに、災いもまたもたらしてきた。山国日本が相対せざるをえない山地がもたらす災害について、災害を専門とする熊木が解説する。

山地の自然環境の特色を捉えた上で、こうした山地を人間はどのように見て、どのように利用してきたのか提示する。歴史地理学を専門とする三河は、古代と中世における荘園図をひもとき、当時において山地がどのように描かれていたのか示す。そして人々によって、山地がどう占められ、利用されてきたのか、その変遷を、村落地理学の立場から松尾が明らかにしてくれる。居住の場でもあった山地も、平地における経済発展に伴って、人口が平地へと流出するようになる。人口地理学の江崎が、山地に居住する人口数の変化を示す。山地からの人口流出が続く一方で、平地から山地へと観光・レクリエーション目的で訪れる人々が増えてきた。山地に何を求めて人々は訪れてきたのか、地誌学の山本によって概観される。現代においては、このように一時的に山地に訪れるだけではなく、山地に定住しようとする人々も現れている。どのような人々がどのような理由で都市から山地へと居住しようとしてきたのか、都市地理学の久木元が提示する。

本書は、専修大学文学部環境地理学科のスタッフが示す「山地と人間」の有り様である。飜って、地理学を構成する個々の分野が全体として、どのように山地とそこにおける人間の活動を俯瞰し、描き出すことができるのか、示してもいる。本書を手に取られた方には、単に山地に関しての理解を深めていただくだけではなく、地理学という分野における山地の見方・捉え方と、その有効性、さらには面白さに触れていただければと願うものである。

筆者一同 


山地と人間

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