日本先進会の財政解説シリーズ⑥なぜ今の日本は過度なインフレが起きる状況ではないのか

こんにちは。今回は「日本先進会の財政解説シリーズ」の6回目ということで、「なぜ今の日本は過度なインフレが起きる状況ではないのか」について説明します。前回から時間がかなり空いてしまい、大変申し訳ありません。

まず前回のおさらいですが、「政府が国債を財源にして財政支出を行うと、結果的に国民全体がもつお金が増えるため、それはインフレの圧力になる」ということ、そしてそれは「過度なインフレが起きない限り、国債による財政支出を増やしても問題はない」と言い換えられ、だからこそ過度なインフレが起きていない・起きにくい今の日本では、国債による財政支出を増やす余地はあるということでした。

ではなぜ、今の日本は過度なインフレが起きる状況ではないのか?

それは簡単に言えば、「日本経済は既に成熟しているため、需要が著しく増えたり、供給力が著しく落ちたりするリスクは非常に小さいから」です。

前にもご説明したように、インフレというものは「需要と供給のバランスの変化」で決まります。供給に対して需要が強くなれば、インフレが起きやすくなる。生産されているモノやサービスの量が変わっていないのに、人々がそのモノやサービスを強く求めるようになれば、価格は上がります。逆に言えば、需要が著しく増えることも、供給力が著しく落ちることもなければ、過度なインフレは起きないのです。

ではまず、なぜ需要が著しく増えることもないのかと言えば、それは単純に「多くの人々の欲求がかなりの割合で満たされているから」です。日本では1980年代くらいまでは趨勢的に高いインフレが続いていましたが、あの時代まではまさに人々の欲求が膨張していた。裏を返せば、人々の欲求は全然満たされていなかったのです。しかし今では、もちろん大金持ちの貴族のような豪華な生活を夢見るわけではないのであれば、欲求はかなりの割合で満たされている。そしてほとんどの人々は、みんなが大金持ちになったら社会が回らないことを直感的に理解しているし、そもそもそんな豪華な生活をあまり望んでいない。というより、現代の日本社会では、それほど高いお金を支払わなくても、大昔では考えられなかった機能的な住居に住み、多様な食事や衣装を楽しむこともできるし、20-30年前には存在すらしなかったスマホを使えば、世界中の情報にアクセスできるのです(フェイクには気をつける必要がありますが・・・)。これらは手に入れてしまえば当たり前に思えてしまうかもしれませんが、昔と比較すれば、実は革命的な事象なのです。

次に、なぜ供給力が著しく落ちることもないのかと言えば、それは単純に「社会経済の生産性が格段に向上した」ということです。これは第一次産業、第二次産業、第三次産業全てで言えることです。日本の農業はダメだと主張する有識者はたくさんいますが、確かに農業政策の観点では改善すべき部分が多いものの、農業全体としては生産性は確実に向上している。製造業でも、たとえば30年と比較して、今の工場の多くは圧倒的に自動化(自働化も含めて)や省人化が進んでいますし、需要の変動に柔軟に対応できるようにもなっている。たとえばコロナ禍で一時はマスク不足が懸念されましたが、マスク不足は瞬時に解消され、むしろ過剰供給が新たな問題になったという現象を覚えている方は多いでしょう。サービス業についても、多大な人間の労働力がかかる一部の業界を除けば、人々のコミュニケーションや会社の管理業務などを支える技術は格段に向上し、昔なら10人以上でやっていた仕事を、今ではたったの1-2人でできるようになっている。つまり今の社会経済においては、率直に言えば、「ムダな仕事を作らない限り、仕事がなくなってしまう」くらいの状況が多々発生しているのです。(ただし、それは世の中で本当に必要とされている仕事において人手不足が発生していない、ということを意味しているわけではありません。これは現代日本の大問題の一つであり、継続的にお話ししていくことになるでしょう。)

なお、供給力が著しく落ちることにつながるリスクとして「国家全体を揺るがすような大災害や大戦争」を挙げる有識者もいますが、それは明らかに「財政」とは関係がないため、別の政策領域として議論すべきでしょう。

さて、ここまでは「過度なインフレが起きていない・起きにくい今の日本では、国債による財政支出を増やす余地はある」という主張を支える、「日本経済は既に成熟しているため、国家全体を揺るがすような大災害や大戦争などの財政とは無関係な要因を除き、需要が著しく増えたり、供給力が著しく落ちたりするリスクは非常に小さい」というポイントを説明してきました。

ただ冒頭で述べたように、「政府が国債を財源にして財政支出を行うと、結果的に国民全体がもつお金が増えるため、それはインフレの圧力になる」という理屈は残ります。要するに、政府が国債を財源にした財政支出、つまり財政赤字を増やせば増やすほど、その分、国民全体がもつお金が増えることになるため、それはインフレの圧力になるのです。

ちなみにこれは、量的な問題だけでなく、質的な問題でもあります。たとえば、同じように数百兆円という巨額の財政支出を行うとしても、全ての成人に対して毎月20-30万円のベーシックインカムを即座にばらまく政策を選択すると、かなりの確率で過度なインフレが起きるリスクがあります。その理由は単純で、そのベーシックインカム政策によって、たとえば社会を支えているエッセンシャルワーカーの労働供給が急激に減少するかもしれないからです。(なお、長期的~超長期的には毎月20-30万円のベーシックインカム政策も当然、検討可能です。)

話を戻しますが、「政府が国債を財源にして財政支出を行うと、結果的に国民全体がもつお金が増えるため、それはインフレの圧力になる」という理屈から得られるのは、「政府は過度なインフレを引き起こさない範囲でのみ、財政支出を拡大できる」ということです。ただここで問題は、「過度なインフレを引き起こさない範囲の財政支出」が一体いくらなのかは、明確な答えがないということです。政府・日銀は、刻々と変わり続ける経済状況を注視し続けながら、適切なインフレ管理を行うしかない。これが日本先進会が書籍でも提案している「インフレ管理委員会」の基本的な存在意義です。

ただ重要なのは、「今の日本は過度なインフレのリスクが迫っているから、財政支出の拡大余地はほとんどない」という主張だけは大いなる間違いだということです。今の日本のマネーストック(=国民全体がもつお金)は、数え方は一つではないのですが、約1500兆円程度です。そして毎年の財政赤字(≒マネーストックの増加分)は、コロナ禍の特殊事情を除けば、30-40兆円程度です。つまり、マネーストックの増加率はたかだか2-3%程度ということなのです(この数値はあくまで平均値であり、実際には富裕層の資産の増加率はもっと高く、低中所得者の資産の増加率はもっと低いのですが、今回のような考察では平均値でシンプルに考えるだけでも有効でしょう)。

これが意味するのは、国民全体がもつお金は毎年2-3%程度の増加率で増えているということですが、ここで皆さんに考えていただきたいのは、「あなたは毎年2-3%程度、自分の資産が増えるからと言って、たとえ価格が過度に上がっているとしても、モノやサービスを求め続けるのか?」ということなのです。おそらく、多くの方の答えはNoでしょう。

これが、今の日本では過度なインフレのリスクは非常に小さく、国債による財政支出を増やす余地は十分にある、ということの意味合いです。

今回はこれくらいにしておきましょう。次回は「過度な金利上昇」について書きたいと思います。

(続く)

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