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死んでも何も変わらない


苦手なLINEを起動させる

パスコードを入力

なまりのように重たい親指で

0000と入力

気付いたらまた表示が変わった

時の流れを感じる一方

取り残されているようにも感じる


35人の友達の中から

職場の先輩を見つける

以前のやり取りは8月だから

4ヶ月ぶりのやりとり

「今日のお通夜行く?」

『行くよ』

「一人で行くのは心細いから」

「一緒に行こうよ」

『いいよ』

『17:30にここね』

地図が送られてくる

「あい」


主事さんが亡くなった

急性白血病だった

母と同じ病気だった

あれから10年も経つというのに

まだこの世界にこの病があるのかという

復讐にも近い気持ちと

思い出したくない記憶を

無理矢理掘り起こされる感覚に

気持ちが悪くなった


主事さんは、今年の春に移動してきた

見た目はどこか強面で

正直、ちょっと怖い感じがした

初日の自己紹介で

「先生方の痒いところにすぐに手が届く」

「そういう仕事を目指したい」

と大きな目をカッと見開いて

堂々と話す姿に圧倒された


そこからは有言実行で

壊れた鉛筆削りを直してくれたり

屋上のズレた時計を一緒に合わせたり

手作りの本棚を作ってくれたりと

「あー。助けて誰か」

と思った時にいつも助けてくれた


1学期の終わり頃に

お気に入りの

どら焼きをもって

主事室に行った

「失礼しますー」

『おう。どうした?』

「どら焼きどうぞ」

『お!なんでどうした?』

「色々とお世話になったんで」

『……そうか。じゃあ有り難く頂くわ』

「いい値段するんで、ゆっくり食べて下さいよ」

『www わかった わかった』

『もう会議かなんかあるのか?』

「いや。特には」

『じゃあお茶入れるから。ちょっと付き合え』

「ん?」

『たまには俺の愚痴も聞いてくれってこと』


そこから

娘さんが全く連絡返してくれない話や

息子さんの晴れ姿の話

嫁さんがこの歳になっても大好きな話を

たくさん聞かせてくれた

『わかめの家族は元気か?』

「……はい。」

『……そうか』

母は5年生の時に死んで

大好きだった祖父も死んで

あとは父が元気に生きていますとは

どうしても言えなかった


「じゃあ、そろそろ行きますわ」

「ワックスがけしないと」

『そっか。あ。1つだけ』

「はい」

『自分を大切にな』

『それが俺の出会ってきた』

『良い教師の共通する部分だから』

『自分を大切にできない大人は』

『子供を本当の意味で大切にはできない』

『だから自分を大切にするんだぞ』


その時の主事さんの目に

覚えがあった

母の死を覚悟した

祖母の目と同じだった

でもその時はそれが出てこなかった


夏休みが明けて

2学期が始まった

慌ただしく過ぎる行事祭り

惰性的な校内研究

それでも子供たちの日々の姿に

癒しと感動と疲労をもらいながら

クラス解体まで

あと半分しかないという時間を

噛み締めて時は過ぎていった


そんなある日の夕方

職員会議の終了間際に

管理職が言った

「主事さんが急性白血病で入院しました」

私は耳を疑った

「え!?」

色んな気持ちが火山の噴火のように溢れた

「あんなに元気そうだった…?」

「いや2学期は忙し過ぎて」

「きちんと話していない」

「でも1学期は元気だった…?」

「いや。いや。嫌」

「なんで気づけなかったんだろう」

「いや。でもまだ入院だから」

「死ぬと決まったわけではない」

たくさんの管に繋がられた母の姿が

走馬灯のようにフラッシュバックした


『大丈夫か』

主任の一声で我にかえった

「すいません。ちょっとお腹が痛くて」

「トイレ行ってきます」

昼間に食べた給食を全て戻してしまった

「結局。何も変わっていない」

「弱かった。あの頃のままだ」


そうして時間は過ぎていった

2学期の後半戦が開幕し

幸か不幸か

いつも殺しにくる【仕事】が

全てを忘れさせてくれた


もう疲れた。もうだめだ

家に帰って

お風呂も入らず

ご飯も食べず

寝るというよりも

倒れるように意識が落ちた

体とソファーがぐちゃぐちゃに

融合するような感覚

そうして闇の中に落ちていった

真っ暗な世界

足元にはたくさんの骨のようなもの

「これは夢だな」

すぐに分かった

夢を夢だとわかる人は

サイコパスに近いと

心理学の先生が言っていた

真っ暗の中に

大きな白い丸が二つ

ギョロっとこっちを見ている

「化け物が」

これは自分が作った化け物

もっというなら

これは私自身なのだ

ゆっくりと目を覚ます

もう冬だというのに

寝汗でぐっしょりだった

嫌な予感がした



中休みだった

「学年主任の先生方にお知らせします」

「至急職員室に集まりください」

空気が変わった

子供たちはキョトンとしている

でも大人はうっすらと感じた

主任が戻ってきて

担任たちが1つの部屋に集まった

「主事さんが先ほど亡くなりました」

言葉を失った

世界からまた色が消えた

体が熱くなる

呼吸が速くなる

溢れ出そうになる感情を

私の中の悪魔が

満面の笑みで蓋をする

もうこいつ無しでは

私は生きていけないのかもしれない

そう思いながら

クラスに戻り

3時間目が始まった

教師という仕事の残酷さを感じた

子供の前では私情を出してはいけない

分かってる

分かってるけれど

これはちょっと厳しいかもしれない

そう思った瞬間に

2年生の男の子が


『先生。笑って』


と人差し指をぎゅっと掴んできた

こめかみが熱くなる

「ちょっと厳しいかも」

と言うと

『じゃあぼくが笑うよ』
『見て。にこ』

と笑った顔が眩しくて

私は涙が溢れた

人生で初めて子供の前で泣いてしまった

他の2年生もやってきて

みんなで

『痛いの痛いの飛んでいけ』

と背中をさすって魔法をかけてくれた

涙が止まらなかった

時を超えて

子供の時の私を

涙を流せなかった私を

周りの大人を憎んだ私を

子供たちに救われた気がした

私はプロ失格だな

悪魔の蓋を子供たちは

いとも簡単に外した

ーー➖ーー➖ーー➖ーー➖

お待たせ

職場の先輩二人と

通夜の会場に向かった

会場には

スライドショーが流れていて

「あの娘さんか」

「あ、息子さんの晴れ姿はこれか」

とどこか懐かしさを感じた

主事さんが愛したものと

主事さんが愛されたものが

そこにはあった

通夜は一瞬だった

お焼香を焚くときに

主事室での会話を思い出した

『自分を大切に』

と言うのは

文字通り命をかけた言葉だった

だから私はその約束を忘れないと誓った

帰り道に先輩が

『未だに実感わかない』

『不謹慎だけど』

『ドッキリでしたと』

『出てきて欲しかった』

と呟いた

会場に置かれた

日本酒一升瓶を嬉しそうに

もつ写真に主事さんらしさを感じた

そうして私は主事さんと『さようなら』をした



私はやっぱり

大切なものをつくることが怖い

大切な人をつくることが怖い

大切さと苦しさはセットだから

でも

大切なものって

つくろうと思ってつくるものではなくて

気付いたらもうそこにあるものなんだね

この言葉の意味を

主事さんの死から学んだ

だから

怖いからつくらないのではなくて

もうすでにある

大切なものに気付いて

それと時間を共有できる

有り難みを噛み締めたい

それは

心細い場所に一緒に来てくれる先輩

お菓子を一緒に食べてくれる同僚

大丈夫と聞いてくれる主任

真っ直ぐな目で見てくれる子供達

そういう何気ない

特別ではない1日の中にある

繋がりなんだと思う


『死んでも何も変わらない』

これは諦めの言葉ではない

たとえ死んでこの世界から消えても

その人が残した想いや記憶は

言霊になって誰かに繋がっていく

祖父が残した言霊も

母が残した言霊も

主事さんが残した言霊も

もう会えないし

もう話すことはできないけれど

それでも変わらず

私の中にあり続ける

だから死んでも何も変わらない


この世界は残酷で

運命という免罪符を掲げて

決して抗えない傷をつけてくる

私はその度に

『自分を大切に』

という主事さんの言霊の光を

思い出そうと思う


さようなら

ゆっくり休んでくさい


ここまで読んでくれた

あなたが大好きです

私はあなたとの繋がりも大切にしたいです

ありがとう

見つけてくれてありがとう

読んでくれてありがとう

生きててくれてありがとう


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