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最初の一歩は踵から 1話

※架空の病気が出てきます。ご注意下さい


目を覚ますと、知らないキッチンのダイニングテーブルに頬をつけてしなだれる様に寝ていた。目の前には広々としたキッチン台で忙しそうに食事の支度をしている女性の後ろ姿がある。

声をかけたいけど、空腹で頭と体に力が入らずただ眺めることしかできない。年季の入った鍋からは、コトコトと何か煮える音、包丁で青物を刻む音、じゅわぁあと脂と肉が焼ける香ばしい香り。食欲が刺激されてさっきからお腹がグルグルと鳴っている。

お腹の中の猛獣に触発され、そろそろ僕自身も眠りから目覚めそうになったその時、背後から男性が1人現れた。女性の隣に立つと、先程から肉の焼けるいい匂いが漂う片手鍋を持ち、焼き加減を見始めた。そこで女性は先程切っていた青物を、鉢のような容器に入れ、調味料をいくつか加えると箸で混ぜ始めた。

流れるように食事を作る二人を見ているうちに、なんだかすっかり安心してしまい、お腹に住む猛獣も大人しくなったようで、僕はふたたび微睡んできた。そしてそれに抗うこともせず、ふたたび眠りに落ちていった。



僕の名前はアカツキ、13歳。星を彷徨って小さな船で一人旅をしている。といっても母星を出て一年も経ってないだろうし、星もそれほど巡れていない。最初は物珍しかった宇宙の風景もすぐに飽きて時間の感覚も徐々に薄れていった。

そんな僕の元に小包が届いたのは数時間前。食べることが唯一の楽しみになっていた僕は、食料の定期便が届いたのかと転移官の中を覗いたが、予想は外れて単行本ぐらいの小包があった。

「なんだこれ。誰からだ?手紙、は付いてない。」

宛名もなく、薄い紙で何重にも包まれていて、上から麻紐で十字に括られていたそれを、僕はなんの躊躇もなくビリビリと開けた。

中には使い古された、革の分厚い手帳が入っていた。表紙には指が2本入るくらいのドアノッカーみたいな小さな取手がついている。

だけどなぜか開かない。ぼろぼろだから最初は慎重に、なんとか開こうとしたけど、段々イライラして、あーもう!と表紙の取っ手を力一杯引っ張ったら、今までなんだったのかというくらい呆気なく開いた。

完全に油断していた僕はその場にすっ転び、お腹の上にバサバサ、ゴッと何か落ちてきて、ぎゃあっと叫んでしまった。お腹の痛みと自分の素っ頓狂な叫び声に、恥ずかしさでしばらくその場から動けなかった。…誰もいないけど。

「っっっ!!くっっそっ…。」

深呼吸をしてなんとか起き上がると、まず手元を見た。僕を転ばした問題の手帳は、表紙の取っ手を引っ張ると内紙が蛇腹に開き、長い引き出しになった。引き出しの奥はよく見えない。ぼくの上に落ちてきたものはこの中に収納されていたのか。

しばらくの間引き出し手帳(そう呼ぶ事に決めた)を弄っていたら、一度取っ手を引っ張って引き出しを開けないと手帳は開かない仕組みになっていると気づいた。なんと普通に手帳としても使えるみたいだ。持ち主がわかるかもと、頁をパラパラとめくったけど、中は何も書かれていなかった。

それから落ちてきたものを見た。バサバサと落ちてきたのはコートで、ところ所解れたところを繕った後があるけど、型崩もしてなくて大事にされていたのが一目でわかる。薄いグレーのロングコートは、よく見ると青やら緑やらの縫い糸が使われ、光にあてると微かに光ってみえた。

このコートは見覚えがある。じいちゃんが愛用していたものだ。




僕のじいちゃんは冒険家だった。今日の宇宙旅行の基盤を作った一人でもある。じいちゃんが帰ってくると僕は、一日中そばから離れないで土産話をねだっていた。話し上手な人で話を聞いてると一緒に旅行したかのような感覚になったし、いつか本当に自分の足で星を巡りたいと夢見ていた。だけど、

ゴロン

コートを持つ手に思わず力を込めると、はずみで一緒に落ちてきたもう一つが床に転がった。

それは、真鍮の持ち手が付いたバスケットボールほどの大きな水晶だった。透明の水晶の中には、気泡のような小さな球体が沢山見える。大きさは不揃いだけど、それぞれの位置に規則性を感じる。一瞬ランプかと思ったけど、もしかしたら星図の模型なのかもしれない。今までの物から察するに、じいちゃんが旅をする時に使ってたのかな。

「うーん、でもどう使うのかさっぱりわかんないな。説明書は入ってないか。ただの飾り?もーなんなんだよ。」

ひとりでいる時間が長いと独り言が増える。模型をまじまじ眺めて、そう文句を呟きながらも退屈な日々に、突然現れた謎の荷物に僕は心が浮き立っていた。しかしそんな気分は一瞬で消えた。

「え、うわ!」

ガクンッと不快な揺れがあったと思ったらと、自動制御モードにしていた機体が突然スピードを上げた。僕は慌ててモニター前に走った。
自動制御モードに戻らない。頭の中は軽いパニック状態になる。

うそなんで?こんなこと今まで起こったことない。どうしよう。こんな時どうすればいいんだっけ。あれ、えっと、えっと。

そうしている間にも、船はどんどんスピードを上げていく。このまま何処かの星に墜落したらどうしよう。悪い方に考えてしまってどうにかしないといけないのに体が動かない。

その時、船内にコール音が響き渡った。

「もっしもーし。飛来迷星病者支援機関サポート課のサミダレでーす!アカツキ、急にスピード上げてるけど、どうしたん?」

僕の担当者のサミダレからだった。定期連絡の時いつも軽いノリで話してくるコイツに、いつも鬱陶しさを感じていたけど今はそれどころじゃない。

「サミダレさん、助けて!自動制御モードが壊れて勝手にスピードが上がってるんだ!」

「はあ?アカツキ、どっか弄ったのか?」

「そんなことしてないから困ってんの!どうすればいい!?」

半泣きになりながら、つい八つ当たりをしてしまった僕にサミダレは落ちた声でこう返した。

「アカツキ、大丈夫だ。俺の言う通りにしてくれるか?大丈夫だから。」

「…うん。」

「よし、今モニターの前にいるな?目的地は表示されているか?」

モニターを見るとちゃんと表示されていた。もちろん僕は設定してない。そのままそうサミダレに伝えた。

「ふむふむ、ありがとな。登録番号はっと…。おまたせ。食堂が一軒あるだいぶ小さな星みたいだ。怖いところじゃないから安心しな。着陸申請出すからちょっと待ってろ。」

それを聞いて僕はちょっと待って!っと声を荒げた。…まだ、星に降り立つのは怖い。

「大丈夫、それにいつまでも宙を漂ってるわけにもいかないだろ?星に呼ばれたんだよ、きっと。」

許可も降りたぜい。と楽しそうなサミダレの声がする。そうなると変更は出来ない。僕は渋々了解し、サミダレに教えてもらいながら着陸準備に取り掛かった。

それからしばらくして、原因不明の機体のスピード上昇も今は平常に戻り、船は目的地までおよそ3分の2程の距離まで来た。着陸は神経を使う。しばらく怠惰な生活をしていた僕の手際の悪さに、

「アカツキぃもうちょい練習しような?」

とサミダレから若干困ったように言われ、うぅっと唸ってしまった。そのあと、

「長いこと大切にされた船は生きてるっていうけど、勝手に目的地を設定するなんて聞いたことない。こっちで調べてみるから記録データ送っといてくれな。」

と言われ、その作業にも手間取っていると、とうとう目的地が見えてきた。 
機械操作に必死になっている僕の代わりに、現地の人と着陸時のやりとりをしてくれているサミダレの指示を聞きながら、なんとか無事着陸することが出来た。

安心したら一気に疲れがやってきて、船の外から僕を呼んでいる声が聞こえる気がするけど…もう、無理だ。すみません。ちょっと眠らせてください。

微睡の中で船の出入口が開いた音が聞こえた。


続く

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