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とある一人の男が占い師になるまで #8 ~信用金庫職員編~

M支店へ配属され、本出納業務を担当する事になってから3カ月が経とうとしていた。
男は何とか日々の仕事をこなしていき、6月30日をもって試用期間が終了した。
そして7月1日から正職員として辞令が下された。
そんなある日、男の心を揺さぶる一つの出来事が起きた。

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「それじゃあ、朝礼を始めます」

7月に入り、正職員としての辞令が下されてからも、これといって大きな変化はなかった。
本出納業務というのは、ハッキリ言って、仕事そのものに幅がある訳ではない。
一日にやる業務内容はほぼ決まっており、それをいかにして正確かつ迅速に処理していくかが大切なのだ。

M支店内での人間関係についても、特段大きな問題はなかった。
ついこの間も、渉外業務の男性先輩職員3人と、融資業務の男性先輩職員1人の、計5人で一緒に飲みに行った。
ちなみにその時飲みに行ったメンバーは、全員20代の若い男性職員たちばかりだった。
同期生の男性職員たちとは全く合わない私でも、M支店の男性職員たちとはたまに飲みに行けるぐらいの関係にはなっていた。

もちろん、細かいところで先輩職員たちから注意される事もあるし、一番下っ端という事もあって、雑用系は大体私がやる事が多いので、不満が全くないと言ったら嘘になる。
でもそれは仕方のない事だと思うし、その瞬間は気持ちが凹んだとしても、翌日以降まで引きずるような事はなかった。

そして7月のある日、いつも通り朝礼が始まり、そしていつも通り朝礼が終わろうとしていた。
しかし、最後に支店長が言った言葉で、私は大きく動揺する事になる

「……それから、ご存知の方も多いと思いますが、今月15日付で△△さんが退職されますので、業務の引継ぎなどはしっかりと行うようにしてください」

(……えっ!?)

突然の事で、私はビックリしてしまった。

△△さんというのは、つい先日一緒に飲みに行った渉外業務の男性先輩職員のうちの1人だ。
当時、私の中では、M支店の男性職員が辞めるというイメージを全く持っていなかったので、その話は本当に寝耳に水だったのだ。

(なぜだろう……?)

それまで、信用金庫を辞めるという事を1回も意識した事はなかったのに、この時初めて、私の頭の中に「辞める」という選択肢が脳裏をよぎったのだ
別に仕事が嫌だとか、人間関係が嫌だとか、そういう訳ではないのだが、なぜかその時、私はその辞める先輩職員の事を羨ましいと思ってしまったのだ

当時、M支店には渉外業務の職員は4人いたが、1人辞める事で、これから3人で業務をまわす事になるらしく、渉外業務の職員たちは引継ぎで皆大変そうだった。

そして7月15日、その先輩職員の送別会が実施された。

その先輩職員は、性格的にはかなり明るかった。
私は彼から注意されたり叱られたりした事は一度もなく、どちらかというと、多少ふざけた話もできるぐらいの気楽な先輩だったのだ。

そして送別会の最後に、彼が皆の前で挨拶をした。
しかし挨拶をしている途中、感極まって、彼は号泣してしまったのだ
今まで見た事のない先輩の姿だった。
彼につられ、一緒に仕事をしていた後輩の男性職員や、何人かの女性職員たちも泣いていた。

きっと彼の心の中で、これまで大きな葛藤があったに違いない

もしかしたら、M支店の職員たちが良い人ばかりだから、それが原因で泣いてしまったのかもしれない。
本当に嫌で辞めていたら、あそこまで大粒の涙は流さないだろう。

「どうして彼が辞めたのか?」
結局最後まで、その理由を知る事はできなかった。
新卒1年目の私ごときが、そのような質問を気軽な気持ちで聞いてはいけないと思ったからだ。

M支店の渉外業務として汗を流し、そして最後に涙を流した一人の男性先輩職員が、この夏、信用金庫を去った。
その日は私にとって、忘れられない一日となったのだ

To Be Continued ➤

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