とある一人の男が占い師になるまで #15 ~信用金庫職員編~
信用金庫に入社してから1年が経ち、望まない形で渉外係を担当する事になってしまった一人の男。
融資の知識も預金の知識もなく、1年間の本出納業務で培ってきたのは「札勘定」というスキルのみ。
予想通り、男は慣れない渉外業務で苦難の日々を迎える事となる。
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「今日から引継ぎを始めるよ」
昨日の人事異動の発表により、気が進まないものの、渉外業務を担当する事が正式に決まってしまった。
引継ぎの期間として私たちに与えられたのはたったの1週間。
この短い期間で、担当エリアのすべてのお客さんに挨拶回りを済ませなければならない。
まずは渉外係の部屋へ案内され、一日のうちにしなければいけない行動を一通り教えてもらった。
私は必死にメモを取るが、なかなか頭に入ってこない。
これまで担当していた本出納業務とあまりにも違いすぎるからだ。
そしていよいよ、お客様の元に挨拶回りへと向かう。
地図を渡されて、自分が担当するエリアと訪問件数の説明を受ける。
『お、多い……』
元々は4人で回していたエリアを3人で回しているのだから、多いのは当然だ。
私の担当エリアはM支店から最も近いエリアなので、道に迷う事はそこまでなさそうだが、とにかく件数が多い。
ほとんどは個人客で、法人客は地元の商店街にあるお店と、地元の有力者や地主が経営する中小零細企業が何件かあるぐらいだ。
業務内容の多くは集金業務で、大きく分けると、法人客への売上金の集金と、個人客への積立預金の集金に分けられる。
特に個人客への積立預金の集金件数がかなり多いため、効率よくお客様を訪問していかないと、予定通り訪問し切れない可能性も出てくる。
とまあ、色々と不安材料は多いのだが、今はとにかくお客様への挨拶回りに集中し、少しでも良い印象を持って頂かないといけない。
私は先輩職員とともにお客様への挨拶回りに出かけようとした。
……しかし、私はいきなり思わぬ壁にぶつかる事となる。
「山ちゃん、カブは乗れるの?」
『えっ? いえ、乗った事ありません…』
自慢じゃないが、私は普通自動車運転免許は持っているものの、日常生活で原付バイクを運転した事は全くない。
ましてやカブとなると、自分でギアチェンジをしないといけないので、現時点の私にとっては難易度の高い乗り物だと言えるだろう。
「なら、まずはカブに上手く乗れるように練習しないとダメだね」
『すいません、お願いします…』
なんと、私は初っ端から躓いてしまったのだ。
これでは、お客様のところへ訪問する以前の問題だ。
当たり前だが、外回りをする渉外係にとって、何よりも気を付けなければいけないのは交通事故だ。
乗り物に慣れてない状態では、とてもじゃないがお客様の元へ訪問などできない。
結局、その日は先輩の指導の下に、かなりの時間をカブの練習に費やしたため、ようやく慣れてきた頃には、もうお昼の時間をかなり過ぎてしまっていた。
しかし、少しでも引継ぎを進めておかないといけないので、私は慣れないカブで必死に先輩についていき、その日残された時間をお客様への挨拶回りに費やした。
翌日も、その翌日も、引継ぎはどんどん行われていった。
先輩は元野球部出身の明るいキャラという事もあり、多くのお客様から好かれていたようだ。
先輩が転勤になるという話を聞くと、残念がるお客様が多かったからだ。
一方の私はと言うと、先輩とは全く違うタイプのキャラなので、「果たしてお客様から気に入って頂けるのかどうか」という不安な気持ちばかりが芽生えていった。
そして、あっという間に1週間が過ぎ、すべての引継ぎ業務が何とか終了した。
ハッキリ言って、この時点で私はお客様の顔や名前をほとんど覚えられていないし、場所もほとんど覚えていない。
こればかりは、実際に自分が一人で訪問していきながら、体感で覚えていくしかないだろう。
『もうとにかくやるしかない!』
私は覚悟を決めた。
いよいよ来週から渉外係として一人立ちする事となる。
果たして、この先どんな困難が待ち受けているのだろうか!?
これから訪れる数々の困難を、私は無事に乗り越える事ができるのだろうか!?
To Be Continued ➤
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