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とある一人の男が占い師になるまで #26 ~信用金庫職員編~

様々な試行錯誤と葛藤を繰り返しつつ、ついに信用金庫を退職する事を決意した一人の男。
だが心の中で退職する事を決意しながらも、なかなかそれを口に出す事はできなかった。
果たして男は無事に信用金庫を退職する事ができるのか?

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『はあ~、今日も言えなかった……』

信用金庫を退職すると心の中では決めたものの、私はその事をいつまで経っても上長に言えないままでいた。
もし退職の意思を伝えたら、その後何を言われるか分かったものじゃない。

当たり前だが、私にとって人生で初めてとなる正社員の退職だ。
学生時代で経験したアルバイトの退職とは訳が違う。

言い出せない最大の原因は、支店長を始め、上長や先輩の職員たちが、皆「私が信用金庫で働き続ける」という前提で日々接してくれていた事だ。
むしろ、「辞めたければいつ辞めても良い」という態度で接してくれた方が、はるかに退職の意思を伝えやすかった事だろう。

それに、自分の中で退職理由についても曖昧なところがあった。
以前にも述べたが、私は税理士や経理の仕事に興味を持ち始めていたので、そちらの方向に進みたいという気持ちがあったのは事実だが、それと同時に
「信用金庫で働き続ける事に嫌気が指した」という気持ちがあったのも事実であり、退職理由を聞かれた際に、「他にやりたい事がある」の一点張りで通せるかどうか不安でもあったのだ。

退職の意思を伝えるに当たって、私は事前にインターネットなどで情報収集を行っていた。
そこには、
「どんなに引き止められても、一度退職の意思を伝えたら、絶対に引き返すべきではない」
「仕事や会社に対する不満を退職理由として伝えると、『改善するから』と言われて引き止められる可能性が高い」
といった内容が書かれていた。

なので、私は「税理士を目指すために勉強に専念したい」という理由で退職する意思を伝える事に決めていた。
実際、半分はこれが理由なので、決して嘘ではないのだ。

そうこうしているうちに、2年目の3月に入り、あと1か月で4月の人事異動が発表される。
もし退職の意思を伝えるのなら、私の代わりとなる担当者を配属してもらえる可能性に期待して、3月の早い時期の方が良いだろう。

3月の第1週に入ったある日、私は覚悟を決めて退職の意思を伝える事に決めた。
私は出勤したらすぐに直属の上司である渉外係長に、

『係長、ちょっとお話したい事があるので、本日業務が終了した後にお時間を頂いてもよろしいでしょうか?』

と伝えておく事にした。
幸い、渉外部屋には係長一人しかいなかった。

「いいぞ」

係長は了承してくれた。
これで一歩前進だ!

夕方になると各自残務整理に没頭し始めるため、そこでいきなり「今お時間良いですか?」と言い出しにくい雰囲気になる。
また、先輩職員や本部の部長代理も一緒の部屋にいると、ますます言い出すのが難しい。

だから、比較的忙しくない営業日の朝の時間帯に、前もって係長に「夕方お時間を頂きたい」と伝えておく事は、言いにくい事を少しでも言いやすい雰囲気へと持っていくために、私が必死で考えた一つの作戦なのだ。

そしてその日の夕方、業務はほぼ終了しており、先輩職員は席を外していたため、渉外部屋には私と係長しかいなくなった。

「おい、山内いいぞ」
「応接室の方に行こうか」


係長の方から声をかけてくれて、同じフロアにある応接室の方へ案内してくれた。

(いよいよだ……)

ここまで来たら、もう後へは引けない。
私は腹を括って退職の意思を伝える事にした。

「どうした?」

『実は、信用金庫を退職して、税理士の試験勉強に専念しようと思うんです』

ついに言ってしまった!
私は係長に怒られるかもしれないと思っていたが、意外な事に、係長は冷静に私の話を聞いてくれていた。

とにかく私は、これまでお世話になった事に対する感謝の気持ちや、退職する決断を下した事に対する申し訳ない気持ち、そして税理士を本気で目指そうと思っている気持ちなどを、あるがままに伝えた。

「気持ちの面では、もう決まってるんだな?」

『はい、決まっています』

「あと、仕事が嫌だから辞める訳じゃないんだな?」

『はい、そういう事ではありません』

これについては、正直微妙なところがある。
全く嫌な部分がないという訳ではない。
しかし、それを言ってしまうと引き止められる可能性もあるので、私は不満などについては一切口にしないように決めていたのだ。

「分かった」
「そうしたら、明日俺が支店長に言うから」
「今日は帰ってゆっくり寝るんだぞ」

『ありがとうございます』

どうやら係長は了承してくれたようだ。
直属の上司である係長に退職の意思を伝えられただけでも、私の中では物凄く肩の荷が下りたように感じたのだった。

しかし、この事はまだ係長しか知らない。
明日、係長が支店長に伝えたらどうなるのか?
他の上長や先輩職員たちはどう思うのか?

退職に向けて一歩前進したとは言え、まだまだ不安は拭えない。
このまま無事に退職できる事を願うばかりだ……。

➤ To Be Continued

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