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秋桜

―ねぇ、知ってる?コスモスの六つの花弁は宇宙の理をあらわすんだよ―

 目が醒めて、いつもの夢を見たんだと天井の白い壁が教えてくれた。その白い天井も涙でにじんで見える。
「最悪だな……」
 涙をベッドの横にあったティッシュで乱暴にふく、屑籠に投げたそれは見事にはずれて屑籠の脇に落っこちた。

 一面のコスモス畑、中学時代の俺があいつと並んで立っている。あいつ―そう、健―はいつも誇らしげに俺に言っていた。
「なぁ、たかし。知ってるか?コスモスの六つの花弁は宇宙の理をあらわしているんだってさ」
「健、お前いつもコスモス見るとその話しするよな。他にいう事ないのかよ」
「だって、一番に思い出すんだからしょうがないだろ。お前こそ感想はないのか?」
「綺麗だよなぁ」
「それはな」

 そんな親友だった健が離れていったのは、俺がゲイだって噂が中学二年生の時にたったから。中学生の頃と言ったら、一番性的マイノリティに厳しい時だ。健は何故か傷ついた顔で俺から離れていった。
 それから暫くは奇異の目で見られたり、からかわれたりしたが皆なも受験が近くなってくると、それどころじゃないらしく噂は収まっていったが健とはとうとう話せないまま離れてしまった。
 俺は健が好きだった、親友という立場でもいいから隣にいたかった初恋の人。いまだ十年もたつのに、好きってもう呪われてるとしか言いようがない。

「おはようございます!」
「おー、おはよう」
 ここは東京の郊外にあるプラネタリウム、俺はここの映写技師だ。こんなところでも、健の影響が出ていて思わず苦笑いが出る。
 朝の朝礼で
「今日は都内の高校教師の方々が、今度の社会科見学の下見でおいでになられる。くれぐれも失礼のないように」
「へー、珍しいですね。プラネタリウムを社会科見学にするなんて」
「どうも、今回の担当教諭が好きらしい。ま、手があいたら中の案内でもしてやってくれ」
「はい、了解っす」
―そう言えば、健もプラネタリウム好きだったな―
 俺は吞気に思い出し笑いをしながら、今日の映写機の点検に向かった。

 丁度、昼休みの交代の間に朝礼で言ってた高校教諭が三名見えられたとかで俺が担当するプラネタリウムを見るという事になったらしい。ちょっとだけ緊張するなぁと思いながら、映写機の横に立つ。
「今から上映を始めます」
 と声を掛けると、その声に反応したかの様に一人の男のお客様が振り向いた。
―健―
 俺は知らない顔で、プラネタリウムの照明を暗くした。
「まだまだ暑いので、夏かと思われますが空の上では星座が鮮やかに変わろうとしていますー」
 健は身じろぎもしないで、俺の説明を聞いている。俺は最後の言葉で
「皆さんはコスモスの六つの花弁が宇宙の理を表していると聞いたことがあるでしょうか?この宇宙館の後ろにコスモス畑があるので、是非ともご見学下さい」

 終わった後に館長から
「さっきの高校教諭の人がコスモス畑を見たいらしい、お前が作った畑なんだか案内してくれ」
 と言われた後ろから、懐かしい顔が気まずそうに
「お願いします」
 と挨拶をして来た。俺は知らん顔をしながら
「いえいえこちらです、どうぞ」
 と前を向いて歩き始めた。

 しばらく歩いて誰もいなくなったら
「お前、わざとだろう?」
「あ、わかった?」
 後ろを向くと昔より精悍になった顔で
「……久しぶり」
 と笑顔で言うから、少し泣きたくなった。
「よく、そんな顔ができるな」
 思わず出た言葉だった、健は顔をクシャクシャにしながら
「……会いたかった、たかしが会いたく無くても僕はもう一度だけでもいいから顔が見たかった」
「健から離れていったんだろ?どの面下げて今更会いたいなんて言えるんだ!?」
「だって、離れなければたかしがゲイだって言われてたろ!」
「えっ」
「えっ」
 同時に声が出た、啞然としている俺に健は
「俺がゲイだってばれたせいで、たかしまでゲイ扱いされたじゃないか!俺がそれを我慢できるとおもうか?」
「じゃ、健は俺がゲイって噂がたったから離れたんじゃないのか……?」
「誰だって、好きな人を傷つけたい訳ないじゃないか」

 健が俺の手を握りながら
「さっきの話しだと、たかしが僕のこと好きだったんだって聞こえるんだけど。間違ってる?」
「……間違ってない」
 そう言った途端健に抱きしめられた、健はいつの間に俺よりも体格のいい大人の男になっていた。
「おい!ここ俺の職場!!」
「ごめん、ついたまらなくなって。嬉しいたかし……」
 取りあえずコスモス畑まで連れていく、まるで大きな犬を連れているように手を握ったまま。
「恥ずかしいんだけど、聞いてる?」
「聞いてるよ、可愛いたかし」
 そんな調子でコスモス畑についた、ピンクや赤、黄色の鮮やかなコスモスたちが俺たちを祝福するかのごとく揺れていた。
「凄いな……」
「ま、俺の丹精こめて育てた自慢のコスモス畑だからな。ここまで育てるのは大変だったよ」

 健は改めて、俺の手を握ると緊張した顔で
「たかし、僕は君が好きだ。付き合ってもらえないだろうか?」
「喜んで」
 思わず抱きしめられた俺と健を見ていたのは、コスモスたちだった。


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