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ブルックリンでジャズを耕す (続・9th Note) #01

ジャズのMaiden Voyage(処女航海)を始めた僕の船は、その後目的の港に着けたのかと聞かれると即座に答えが出ない。

日々小さな波に揺れながら自分の目指す陸になかなか辿り着けないような気もするが、それなりに目の前の小さな目標をクリアし続けてはいる。

不安な日々の中での迫り来る選択肢の数々。思い切って一つの道を選択するとその先にはそれなりの答えがあるものの、ずいぶんそれに気づくまで遠回りをしているようにも思える。

たとえば、あの頃のように上昇機運に乗れていない自分が、平行棒の上をずっと同じ速度で歩き続けて堂々巡りをしているように感じるときがある。学校(The New School for Jazz and Contemporary Music)というわかりやすい箱の中にいると、自分というものを把握しやすい部分がある。

対象物だ。

だから自分がどれだけ成長したかがよくわかる。

卒業して自分でレーベルを始め、CEO(Chief Executive Officer)も自分、演奏者も自分、スケジュール管理も自分、というオールインワンの「メビウスの輪」状態。自分しか頼るものはないという孤独感。比較の対象物のない焦燥感。一旦悩み始めると、一生ここから抜け出せないのではないだろうかとさえ思う。

人生とは幸せよりはむしろ不安や苦しみの方が多く用意されていて、それをどれだけプラスに変換できるかどうかで変わってくるのだなと思うようになった。

入学前に何十年も音楽の世界で生きてきたくせに、アメリカで起業し演奏し、その中で生きのびていく大変さは、全く別物だと知る。

ここには人種区別がある。差別ではなく区別。まず違うという観念。

そこから始まり加えて言語。ゼロからのスタートではなく、マイナスが伴う始まりにならぬよう、毎日語彙を増やし、スケールを覚えなければならない。

ずいぶん慣れたとはいえ、東洋人にイタリアオペラの役が回ってこないのと同じように、ここでも目に見えない壁がある。それが悔しいなと正直思う。ただ、だからこそその悔しさをバネにして頑張る意味がある。影と対をなす日向に光が射しこむと、その喜びはことさらに大きい。

9番目の音のずっとずっとその先には、いったい何が待っているのだろう。

まだその渦中に足を踏み入れたばかりだが、ずっとずっと先にあるであろう未来に耳を傾けると、確実に以前は聞こえなかった微かな音がリアルに頭蓋骨に反響しているのがわかる。

まだそれを頼りに進む? 

どうする?

僕は今日も自問自答しながら毎日を進んでいる。もう辞めてもバチは当たらないのではないかとふと思う。しかしそうはならない。まだ月が光る暗闇の夜明けにオールを漕ぎ始める。

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