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ブルックリン物語 #22  I Didn't Know What Time It Was 「時さえ忘れて」

「アメリカの学校の夏休みがあんなに長いのは(3ヶ月ほどある)farm (畑)で親の手伝いをするためだったからなんだってね」

誰かにそんな話を聞いたことがある。それが本当かどうかはわからないが、

この車窓から見える景色を見るとにわかにうなずける。とにかく畑が多い。ずっと慌ただしかった日々が続いたので、ぴちゃん(ダックスフント・♀)と夏休みをとろうとコテージを探していたら、友だちのユキサンダース(会社社長)が「だったらうちに来れば?」と親切に誘ってくれたのだ。

本当に?

すぐさま飛びついた。というわけで一泊二日でユキさんの持つアップステートの湖畔のカントリーハウスを目指すぼくら。車窓越しに飛び込んでくるのはどこまでも畑畑、森森、畑畑、森森……の連続。ああ、眠くなる。だけど目は閉じていたくない。一泊だけれど楽しむぞ。

この景色は、ぴの目には数年前に一緒にドライブした大陸横断の旅を思い出させているのかな。あのときはふたりとも若かった(パパはすでに若くはなかったけれど)。そう思って助手席のパパが振り返ると、リアシートのぴはユキさんの犬、麦(10歳)とじゃれ合っている。麦はぴちゃんの4倍ほどの大きさのテリア系、男子。ひたすら紳士、ぴちゃんの興味深そうな鼻くんくんをさせるがままに優しく受け止めている。「同い年の男女コンビペア俄かに誕生」である。

マンハッタンから2時間半は走っただろうか? ハドソンバレーを越えて目的地が近くなってきた。ユキさんが、「今晩のごはんの買い出しをするわ。あなたはお酒を買ってきてちょうだい」と言う。お手伝いさんのアンジェリカ(常駐の人がいるのだ。すごいね)が犬を見ててくれることになった。

ぼくとユキさんはそれぞれスーパーと酒屋へ。窓からぴと麦のコンビが「あれ? 行っちゃうの?」な目でぼくたちをじっと追っている。本当にこういう時の彼らは愛おしい。どうしようもないとき、選択肢がないとき、受け入れるしかない現実を写してその目はいつもより一層輝くのであった。「ちょっとだけ赤と白とプロセコ(スパークリングワイン)を今晩用に買ってくるからね。お利口で待っててね」ぼくはぴと麦の頭を代わり番こに撫でた。

ぼくが見繕った酒瓶を両手にぶら下げ、5分ほどで車に戻ってトランクを開けると、リアシートの背もたれの上に4つの目が泣きそうに待っていた。まとめて抱きしめたくなるほど愛おしいぴと麦は「パパ、どうしてわたしたちとアンジェリカを残して行っちゃったの。さみしかったよ」と必死に訴えていた。「この子たちのこの順従なところが可愛いわよね」アンジェリカがふたりの背中をぱんぱんしながら微笑んだ。平和な週末の始まりだ。

ぼくは買ってきた酒類を転がらぬように荷物の間に挟んで置いた。ユキさんがカートを押しながらスーパーから戻ってきたので、ふたりで手際よく荷物を降ろすと、瞬く間にトランクに買った荷物を載せた。バタン。ドアを閉めてジープはログハウスを目指した。

曲がりくねる道、森、畑、そしてハドソン河の上流でのどかに釣りをするおじさんの背中を一瞬右に見かけたかと思ったら、一気に左折して別荘エリアへ入っていった。そこは「別世界の絵本」の中だった。可愛らしいログハウスが立ち並び、緑が鬱蒼と茂る。そうこうしているうちに車は友人のカントリーハウスに到着した。

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