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ブルックリン物語 #80 「ミネソタサウンドマシーンがやってきた!」(2)

部屋の温度をコンシェルジェに頼み、固定から自由設定に変えてもらい77度にして夜は眠る。これくらいがちょうどいい。一眠りして真っ暗な部屋の中でうっすら目を開ける。朝の気配を感じカーテンを恐る恐る開けてみる。まばゆい光のシャワーが一気に部屋に充満する。時計を見ると7時。熱いシャワーを浴び、ベッドの上で簡単なストレッチをする。

「おはようございます。ぴはご飯を済ませましたか?」

ライブの間は預かってくれているマネージャーKayにテキストを送ると「もういっぱい食べてのんびりされてますよ」と言うことだ。じゃあ10分後に朝ごはんをとりに階下で待ち合わせをする。カフェの朝ごはんのメニューは昨日とほんの少し違うと思ってウキウキしていたら気のせいだった。

朝散歩はホテルの横を流れるミシシッピ川を越えてセントポール市からミネアポリス市側へ(総称ミネアポリスはこの二つの都市が合体してできている。なのでツインシティーと呼ばれる)早歩きする。誕生日に買ったSupremeのアウターはあごまでファスナーがあってすっぽり温かさを封じ込めることができので便利。肌寒い朝には役に立つ。しかし歩き始めて30分もすると体内から湧き上がる熱で暑すぎるぐらいに。川面がキラキラ輝き空は抜けるような青である。秋満開だ。

「今日はあの中洲にあるボートの船着場まで行きましょう」
「いいですね」

橋を渡る時、大陸横断の長い列車が下を通過した。覗き込むとAmazon primeやらBest buy(アメリカのヨドバシカメラかな?)やらのコンテナが次々に通る。それにしてもその全長は果てしなく長い。せっかくなので最後尾まで見届けたら15分かかった。こうして列車はアメリカ大陸の地面を這う輸送網によって、石炭からデジタル端末まで我々の生活に必要な物資を現在もアメリカ中に運び続けているのだ。アメリカという国の底力を垣間見たようだった。

橋の反対側まで渡り、階段を使って地上へ降りてから再び小さな橋を使って中洲に渡る。紅葉が始まっていて美しい。ところが昨日のリハがうまく行ったので僕は少し用心深くなっている。長年の経験値から、リハでうまくいくと本番で気の緩みからか失敗することがたまにあるので気を引き締めねばと思った。浮かれず段飛ばしせず、一歩一歩落ち着いて淡々と行こう。

「Senriさんは真面目ですから気になさり過ぎなんですよ。私はもう全く心配していませんよ。あのトリオはおそらくセンセーションを巻き起こすはずです。本番が待ちきれません」

Kayの言葉に頷きながら心の中で具体的なチェック項目を午前中に済ませておこうと思った。僕は真面目ではなくおっちょこちょいな自分を61年間見続けているので、転ばぬ先の小さな杖なのだ。

やばい。その時だ。突然催してきた。コーヒーをお代わりしたせいか利尿作用が始まった。Kayの「全く心配していませんよ」で下半身が「全く心配な状況」に陥った。忙しい。

無事に簡易トイレを見つけてなけなしのトイレテイッシュでことなきを得る。ある意味ラッキーだ。橋を逆に戻ると川沿いに公園が長細く続く。崩れ落ちそうな古い木の船着場が視界の狭間に見える。トイレを借りたボートハウスの周りの雰囲気とはうって変わり、波に打たれて木のデッキが苔むしグラグラ揺れている。それが草の間から見える。中堅都市の繁栄と衰退、光と影がここにある。

ぷっぷー。

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