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水道、再び公営化! 欧州・水の闘いから日本が学ぶこと(岸本聡子) 読後評


 昨夏、宮城県議会で水道事業の売却が議決された時、機関紙に寄稿した読後評。

水道、再び公営化! 欧州・水の闘いから日本が学ぶこと(岸本聡子) 読後評

 わたしは北海道のとある地方自治体で上下水道の維持管理や料金事務にかかわる仕事をしています。都市部から離れており、人口が少なく、施設の更新費用や、技術者の確保に苦労している状況で、将来的に今のままの状態で上下水道事業を維持していくことは難しいかもしれません。将来的な自治体の上下水道事業のかたちについては、国や道からも公営企業会計への移行や、周辺自治体との広域化が推進されている状況ですが、小規模自治体の実情とは合っていないように感じ、議論も進んでいません。

 そんなことを考えながら日々業務にあたっている中で、自分なりの考え方を整理できるかと思い、この本を手に取りました。

 2018年末に、日本でも改正水道法が可決され、コンセッション方式(公共施設の所有権を持った自治体が運営権を民間企業に売却する手法)での水道事業民営化が可能となりました。これにより、外資系の水メジャー(上下水道事業において国際的な市場支配力を有する巨大企業)が日本国内にも進出することが考えられます。「官から民へ」のかけごえのもと、公営事業の民営化によって「小さな政府」をめざし、企業が得意とする効率化で経費を節減していく・・・というような流れは新自由主義的な考え方の現政権によって推し進められており、この改正水道法も地域や住民を置き去りにしてグローバル資本を利するためのものであると言わざるを得ません。

 しかし、水道事業の民営化は、欧州各国では1980年代から進められています。それから30年が経ち、やはり効率化によって利益を追い求める資本のやり方と、公共サービスのあり方の矛盾により、サービスの低下や水道料金の高騰を招き、世界各国で誰もが生きていくために必要な「水」という権利が脅かされています。

 そのため、各国の市民が中心となって運動体を立ち上げ、幅広い市民が参加する集会の開催、署名運動や、政治闘争をつうじて政党や議会に影響を与え、水道事業の再公営化を勝ち取りつつあります。この本では、フランスやイギリスでの市民たちが主体となった水道の再公営化=公共財を市民の手に取り戻す経済の民主化運動がいきいきと書かれています。

 このように、欧州各国では、すでに公共サービスの民営化の失敗が明らかとなり、再公営化の運動が活発となっている一方で、日本の水道事業はほとんど民営化されておらず、新たなビジネスチャンスとしてグローバル資本に狙われています。今月5日には、宮城県において水道事業の運営権を民間に売却する「みやぎ型管理運営方式」が県議会本会議で可決され、日本国内の自治体で初めて水道事業が民営化されることとなり、いくつかの自治体も追随する動きを見せています。

 他方では、「公共サービスを民間企業に委託すると、サービスの質が低下する」というような論調は民間企業ではたらく労働者に対して失礼な物言いであり、違和感を感じます。自治体の公共サービスが硬直化し、質の高いサービスを提供できず、改善が必要だと思わされる事例も数多くあります。しかし、そのことの解決方法は民営化ではないと著者は本書で示しています。

 冒頭で、わたし自身も上下水道事業にかかわっていると述べましたが、この数年間だけでも、胆振東部大地震でのブラックアウト(全域停電)、台風や猛吹雪などの自然災害、突発的な漏水や、冬場の水道凍結への対応、コロナ禍における水道料金・下水道使用料の減免等、さまざまなリスクや想定外のトラブルに晒され、その度に知恵を絞りながら対処してきました。このことからも、水道事業には地域固有の事情を理解し、長期的にかかわっていく技術者や、想定外の災害に対応する備えが必要であり、契約期間の定めがあり、利益を求める民間企業の運営には根本的に適さないと考えられます。

 以前、地元の小学生達を連れて水道施設を案内するという業務の際に、ある小学生から「この仕事のやりがいはなんですか」と質問されました。わたしは「地味な仕事だけど、いつでも安全に水が使えるように頑張ることで、みんなの生活を支えることができること」と答えました。しかし、この本を読み終えて、これからの水道事業を支えていくのは現場の労働者だけではないと思いました。

 市民一人一人が、「水」という権利について考え、地域の水道事業をどのようなかたちで維持し、発展させていくか考え行動していくことが「水」を守っていくために必要だと考えています。社会が分断されていると言われますが、誰もが必要とする「水」が新しい団結や運動を生んでいくかもしれません。

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