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あのときの私は


何年か前の話ですが、夫が私に聞きました。

「ねえ、何かやり直したいことある?」

ありすぎてツライんですけど、そのときに思い出したのは、十年以上前のことでした。



夫と待ち合わせていた私は、その場所に向かって歩いていました。
バス停が見えてくると、白いステッキを持った男性がバス停の近くにある木をステッキで探っています。そこにバスが入ってきました。
おそらく見えていないその男性は、バスの音に気がついた途端、すごく焦り始めました。いろんなところをステッキで触り、足もどこかに進みたくて小刻みに動かしている。


私は、十五メートルほど離れたところから見ていました。
歩みを早めることもできず、ただそのまま歩いていました。


バスは乗車口を開けたまましばらく停まっていましたが、男性が乗れずにいると、乗客も運転士さんも助けることなくドアが閉まり、走り去ってしまいました。誰も男性の様子に気がついていなかったのかもしれません。男性は肩を落としていました。


私は男性のすぐ横を黙って通り過ぎました。


今でも、男性が慌てている様子が目に浮かぶのです。その度に、心から謝罪してしまいます。でも、私は何もしなかったという事実だけが残っています。それ以来、誰かがモノを落としたのを拾うとか、自分ができる範囲のことだけはするようになりました。
そんなの、小学校で習う当たり前の良心でしかないのかもしれませんが。



という話を夫にしたところ、

「それはわかるけど、俺はそういうことを言っているんじゃない」

その話は終わってしまいました。



昨日、私の十メートル先で自転車で転んだ人がいました。幸い前後に通行人もおらず、すぐに起き上がって帰っていくのを見たら、またあの時の男性を思い出したのでした。
しばらく自分の思い出について考えると、夫のことも頭に浮かびました。



ところであの日、あなたは何をやり直したかったのですか。


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