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【story14】自転車で繫ぐ地域の絆(自転車雑貨 FLIP&FLOP)-千住暮らし100stories-

自転車雑貨 FLIP&FLOP代表 中太理貴さん(45歳)

個性派自転車ショップができるまで

宿場町通り商店街は北千住駅の線路に並行して南北に伸びる、人通りの多い商店街だ。飲食店やヘアサロン、パン屋、和菓子店、コンビニなど多彩な店舗が並ぶこの商店街を北に進み、郵便局とかどやのやりかけ団子の間の小道を曲がると、「自転車雑貨 FLIP&FLOP」が現れる。

店外にも並ぶランバイクや子ども用BMXなどがFLIP&FLOPの目印だ

FLIP&FLOPは自転車を中心に、自転車用のグッズやアクセサリー、アパレルなども扱う店だ。

FLIP&FLOPの開店は、平日と土曜日は午前11時、日曜日は昼12時。小学1年生の娘さんと中学1年生の息子さんが学校に行くのを見送った後、開店の少し前に家を出るのがオーナーである中太 理貴さんの日課だ。

自宅からFLIP&FLOPまで10分前後かけて通勤。もちろんPep cycles社製の愛用の自転車を使う

店についたら店内外の掃除に品出し、仕入れの連絡、問合せへの対応、自転車の修理やメンテナンスなどの作業が待っている。週4回はスタッフが入っているがそれ以外の日程は夫婦2人で何でもこなしている。2人のお子さんは店の営業中は学校や学童で過ごし、夕方から夜にかけて自宅で一緒に過ごしたり外食に出かけたりするという。

中太さんによれば、「平日はまだ時間に余裕があります。週末の方がお客さんが多いですね」とのこと。

アパレルやグッズのセレクトは店長であり妻でもある愛さんが担当
子ども乗せ自転車からスポーツ自転車まで、幅広い自転車の修理やメンテナンス、部品交換なども請け負っている

たくさんの人が店に集まる理由の1つは、多彩な品ぞろえだ。

「自分がBMXのフラットランドをやっていたこともあって、開店当初はBMXを中心に扱ってました。でも、自転車の魅力をみんなに知ってもらいたくて、だんだん色々な自転車を扱うようになっていったんです」と中太さんは語る。

時に真面目な表情も見せながら、明るく話してくれた中太さん

BMXとは、横にまっすぐ伸びたハンドルと小さめの車輪、後輪だけについたブレーキが印象的な、シンプルな作りの自転車だ。速さを競う「レース」か、ジャンプしたり縦や横に回転するなどダイナミックな技を繰り出す「フリースタイル」に使われている。中太さんがやっていたフラットランドはフリースタイルの一種で、平らな場所で自転車とダンスするようにクルクルと回り乗りこなす。

BMXを使い独創的な動きを披露する競技、フラットランド。この競技を通して中太さんは自転車の魅力にはまり、妻の愛さんとも出会い、自転車を生業とするようになった

現在、FLIP&FLOPで扱う自転車はBMXのほか、タイヤの小さなミニベロ、砂利道も乗りこなせるグラベルバイク、舗装路をスピーディに走るロードバイク、子ども乗せ自転車、小さな子どもが足で地面を蹴って走るランバイクなどバラエティー豊富。さらに自転車用のヘルメットやバッグ、ウェア、子ども乗せ自転車用のカバー、タイヤなど、自転車用のグッズやファッションアイテムもジャンルを問わず、店内いっぱいに取り揃えられている。

店に入ってすぐのエリアには、さまざまな種類の自転車が整然と並ぶ

スポーツ自転車中心の品揃えだったのが一般や子ども向けの車種・アイテムまで扱うようになったのは、中太さん自身の生活の変化も影響している。

今は中学生となった息子さんが小さな頃、ストライダーを始めたのをきっかけに、ランバイクを扱うようになったのが最初だった。やがて次に生まれた娘さんを保育園に送り迎えするために子ども乗せ自転車を使うようになると、店舗でも子ども乗せ自転車や子ども向けの自転車用品を扱うようになり、いつしか今の幅広い商品展開になったのだ。

子ども用のカラフルなヘルメットやかわいいチェーンロック、自転車用ライトなども種類豊富に取り扱う

さらに最近は家族や友人と、自転車でキャンプに出かけるようになり、ハンモックやコンパクトなライト、マットなどのアウトドアグッズも扱っている。

「全部自転車で運べるもの。自分たちも使ってみて、いいなと思ったものを置いてます」。

アウトドアグッズはハンモックや畳んで携帯しやすいライトなど、軽くて自転車でも持ち運びやすいものばかり

これからの商品選びのことを尋ねると、

「コロナが流行る今だから、屋外で自転車を使って楽しんでほしい。これからも量販店にはない、いいなと思ったものを置いていきたいと思ってます」と中太さん。

店内には、中太さん自身が普段の生活で感じたことをベースにした、小さな世界が広がっているのだ。

仕事とともに食もしっかりと

開店準備が終わってしばらくすると、店舗前にバイクが止まる音がした。近所の足立区生涯学習センター内にあるレストランさくらの配達弁当だ。

毎日届けてもらっている、レストランさくらのお弁当。色々な種類のおかずが入っていておいしそう

毎日店のきりもりで忙しいため、昼食はこの宅配弁当と決まっている。なかなかのボリュームなのに、

「これ、500円なんですよ! 色んな種類が選べて、毎日頼んでます」と中太さんも愛さんもうれしそう。

働きづくめの立ち仕事なので、体力を維持するためにはしっかり食べることが大切だ。

そのため、冬場にはおやつに焼き芋をよく食べるという。

冬場の八百屋昇鈴の店先では、できたての焼き芋が用意されている

この日の午後も、焼き芋を買いに近所の八百屋昇鈴へ。

FLIP&FLOPによく訪れるという若大将が、おいしそうな焼き芋を選んでくれた。

アツアツの焼き芋にうれしそう。「八百屋昇鈴さんのは甘くておいしいですよ」

すっかり焼き芋がお気に入りになった中太さん、最近では近所の仕事仲間に焼き芋をおすそ分けすることもあるという。

「自分がおいしいと感じたものをおすそ分けする姿」は、「自分たちがいいと感じた自転車や雑貨を扱うこと」にもつながる。それはマイペースに仕事や仲間と関わる中太さんならではのスタイルなのだろう。

千住で広がる自転車の楽しさ

今ではすっかり千住に根づいている中太さんだが、店舗を出す以前の会社員時代は埼玉県に住んでいたため、千住のことはほとんど知らなかったという。

それなのに今の場所に自転車の店を出そうと思ったきっかけは、友人の言葉だった。

FLIP&FLOPを開店して10年経ち、今では千住にも友人が多い中太さん

「『北千住は面白いよ、ストリート系にもなじんだ場所でいいよ』と友だちに言われて、初めて千住を意識しました。でも夫婦で千住の様子を見に来てみたら、平日だったからか最初はお年寄りが多めだったんです。ところが、友人にすすめられていた、当時は古着屋で今は立ち飲み屋の『八古屋』まで来たら『めっちゃ若い人いる!』って驚いて(笑)。荒川サイクリングロードもあるし、BMXライダーも千住に住んでいると聞いて、千住が物件探しのメイン候補になったんです」と中太さんは言う。

開店前の日々を懐かしそうに振り返る理貴さんと愛さん

中太さんの言葉通り、千住は自転車を使ったさまざまな楽しみ方ができる地だ。

土地が平たんなので、世代を問わず普段から自転車に乗る人が多い。千住沿いに流れる荒川土手には武蔵丘陵森林公園から河口まで、約90kmも続く「荒川サイクリングロード」があり、さまざまな人が自転車で行き来している。線路を挟んだ千住関屋町には、ストライダーやBMXをライドできるスケートパークをもつ、「ムラサキパーク東京」もある。

FLIP&FLOPそばの荒川河川敷に延びる、荒川サイクリングロードにて。店舗用の物件探しをしていた11年前、北千住を下見する時には、夫婦でこの道を通り千住までツーリングに来たそう

最寄りの北千住駅にはJR東日本や東京メトロ、東武鉄道、つくばエクスプレスが乗り入れ6路線が利用できるため、交通の便がいいのも千住の魅力のひとつだ。

そのため、「お客さんには電車で遠方から来てくれる人もいます。そのほかにも、自転車の修理やパーツ交換、メンテナンスを頼んでくれる地元の人がだんだん増えました」と中太さん。

店舗奥は自転車の修理やパーツ交換、メンテナンス用のスペースになっている。サドル交換など簡単な作業なら店舗外で終わらせることも

さらにFLOP&FLOPを営み千住で暮らすうちに、中太さん自身が通う店も千住に増えていき、千住や足立区といった地域とのつながりを意識するようになったという。

「うちでも扱っているアウトドアブランド、Topo Designsも地元コロラドで協力してくれる肉屋さんの名前入りバッジをバッグにつけたりして、地域のつながりを表しているんです。それを知って、うちでも千住や足立区の人とつながって何か企画をやりたいと思うようになりました」と中太さんは想いを語る。

その想いを生かして、昨年2021年の12月に行われたFLIP&FLOPの開店10周年記念のイベントでは、普段からつき合いのある千住の店舗や仲間たちに協力してもらった。

開業10周年を記念して作られた、イベント用のチラシとポスター。千住つながりの仲間とともに特性グッズの販売やワークショップが行われにぎわった

「アウトドア ダイニング クライムさんにはキッチンカーを出してもらい、レザーショップのmincaさんでは革製のワッペン、t-printさんではステッカーを作ってもらいました。さらにイラストレーターのダニエル・シャラウさんにも、絵のワークショップをやってもらいました」。全員千住で知り合い、FLIP&FLOPにもたびたび来てくれる仲間たちだ。

mincaで作ってもらった革製の10周年記念ワッペン。糸を通して自転車に飾ることもできる
中太さんが常連のラーメン店・こばやしの店内に飾られた、10周年記念イベントグッズ。持ち主に合わせてイラストレーターのダニエルさんが描いた特製だ

「コロナが落ち着いたら自転車の楽しみを伝えるのとともに、地域の人とつながって何かやりたいですね。千住でポタリングするとか、自転車キャンプをするとか、今考えてるところです」と中太さんはこの先のことを教えてくれた。

千住の仲間と交わりながら

千住での交友は、中太さんの大切な楽しみだ。仕事のある日はもちろん休日も、互いの店舗を訪れたりどこかへ遊びに行ったりと、仲間たちと過ごすことは珍しくない。

土日の夜に家族でよく行くのが、知る人ぞ知る千住の名店、ラーメンのこばやしだ。

つけめんは中太さんが毎回必ず頼むお気に入りメニュー。ストレートの中太麺と豚骨魚介のスープがおいしそう!

「外から見るとラーメン店があるとわかりにくいんですけど、FLIP&FLOPを開業してすぐの頃にこのあたりを歩いていて偶然ここを見つけたんです」と中太さんが言うと、

「うちも10年前、チュータさんと同じ時期に開店したんですよね」と店長の小林さん。あだ名で呼び合うほど親しい間柄なのがうかがえる。

ラーメンのこばやしオーナーの小林さんとともに
小林さんの手でヴィンテージシャツの飾りになった、10周年記念のワッペン 

小林さんも通勤に使う自転車をメンテナンスしてもらったり、お子さんの自転車を購入したりと、FLIP&FLOPに時々訪れるお客の1人。

FLIP&FLOPの10周年記念イベントにも訪れたりと、互いにいい関係を築いている。

さらにもう一軒、千住の仲間として中太さんが紹介してくれたのが10周年記念イベントにも参加してもらった革製品専門店mincaだ。

mincaで扱う革はすべて栃木レザー。ナチュラルな風合いと独特の香りや手触りで人気の店だ。中央の尾花和哉さんには、後に掲載したご自分の自転車も見せていただいた

中太さんとmincaとの出会いは、FLIP&FLOPを開業して2~3年目に会社用の財布を購入したことだった。とても丈夫で、7年以上使ってきた今ではいい色に変わってきたという。

その経験もあって、10周年記念イベントではワッペンを作ってもらうこととなった。

「10周年記念のワッペンは、mincaさんに相談しながら時間が経っても色の変化を楽しめるカラーにしました。シンプルなものから箔押しのものまで50枚以上作りました」。

10周年記念ワッペンは、箔押ししたものやナチュラルな色合いのものまでさまざまなものを作った。数は少なくなったが、今もFLIP&FLOPで入手できる

革職人の尾花和哉さんもFLIP&FLOPの常連だ。

「ほしいバイクの取り扱いがあるから、時々FLIP&FLOPに行ってます。うちはスタッフ全員がFLIP&FLOPで自転車を買っていますよ」と尾花さん。

「うちの社長のお子さんと、FLIP&FLOPのスタッフも幼馴染なんですよ」と意外なつながりも教えてくれた。

FLIP&FLOPで購入したという尾花和哉さんの愛車は、日本メーカーFUJIのクラシックなモデル。美しい色合いのバーテープとフレームカバーは、栃木レザーを使って尾花さんが自作したものだ

秘密基地に集う仲間とともに

10周年記念イベントでキッチンカーを出してもらった、アウトドア ダイニング クライムの店主、野堀祥二さんも中太さんの仲間であり友人の1人だ。

千住桜木にあるアウトドア ダイニング クライムにて、オーナーの野堀祥二さん、イラストレーターのダニエルさんとともに

「クライムは自転車仲間の秘密基地です」と中太さん。「家族で来たり、自転車仲間と集まったり、転勤する友だちの送別会をしたことも。みんなの居場所ですね。アウトドアの楽しみ方を教えてもらったりもしてます」。

それを聞いて、

「僕もフリフロさんには自転車のことをすごく教わりました」と野堀さん。互いに得意なジャンルを教え合う、いい関係なのだ。

荒川土手の野道を行く中太さんとダニエルさん、野堀さん

FLIP&FLOPもクライムも火曜日休みなので、休日には一緒に自転車で走りに行ったりキャンプや焚き火を楽しむという。

そして10周年記念ポスターを描きイベントにも参加したアメリカ生まれのイラストレーター、ダニエル・シャラウさんも、千住ではないものの足立区に暮らしクライムに集う自転車仲間の1人。

「ダニエルさんはFLIP&FLOPにお客さんとして来てくれて、インスタグラムを通じてイラストレーターだと知ったんです。絵を見てすごい!と思って、ポスターを頼みました」と中太さんは出会った日のことを教えてくれた。

10周年記念イベントでポーチに描いた絵の原型を見せてくれたダニエルさん。絵本の著作もあり、今年は海外での展覧会も予定している実力派イラストレーターだ

この正月には、中太さんや下のお子さん、野堀さん、ダニエルさんなど10人ほどのメンバーで、千住から20キロほどの荒川河川敷にある彩湖・道満グリーンパークでデイキャンプを楽しんだ。さらに取材の数日前には、野堀さんが中心になってFLIP&FLOP店長の愛さんやmincaスタッフとともに宝登山に登ったという。

千住から彩湖まで続く荒川サイクリングロード。右側に写っているのがサイクルトレーラーに乗ったお子さんと中太さん 
お子さんもパパと一緒のデイキャンプににっこり(写真提供:中太理貴さん)

キャンプや登山は遊びだけれど、同時にアイデアの源泉だ。

「自分たちで楽しいポイントを見つけて、お客さんを集めるイベントにしたいですね」と中太さん。

楽しむことが仕事につながり、仕事がまた楽しみを生み出す。

その流れの中で自転車を楽しむ仲間も増えていく。

店を始める前から抱いてきた

「自転車の魅力をみんなに知ってもらいたい」という中太さんの想いは、中太さんに仲間や家族をもたらしながら、ゆっくりと千住に根づいている。

Profile 中太理貴(なかだいまさたか)

自転車雑貨 FLIP&FLOP代表。高校生時代にスポーツ自転車に魅せられ、以後BMXのフラットランドなどを楽しむように。「自転車の魅力をたくさんの人に知ってもらいたい」という思いから、一般企業での5年間の勤務を経て、大手スポーツ自転車専門店に転職。10年間の勤務を通して自転車の知識をさらに深め、妻であり店長でもある中太愛さんとともに「自転車雑貨 FLIP&FLOP」を開業。現在は自転車に乗ってキャンプを楽しむキャンプツーリングも広めたいとアウトドア用品の販売も展開中。
自転車雑貨 FLIP&FLOP 千住4-14-5 1F 
https://www.flipflop1010.com/


取材:2022年1月7日、1月20日

写真:武居 厚志

文 :大崎 典子

文中に登場したお店など


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