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マッチングアプリで出会った人と3ヶ月で事実婚するまで#12 〜初めての旅行(下)〜

福岡旅行の最終日がやってきた。
実はここまでみんなおまけで、今回の旅には一番の目的があるのだ。


もともとこの旅行は、わたしが言い出したもの。
わたしは福岡在住のusaoさんの大ファンだ。(https://twitter.com/_usa_ooo
3年以上前に出会って、自分がうまく表現できない感情をなんて上手に表現する人だろうと思った。
頑張りすぎず、小さく押してくれる背中が大好きなのだ。
一人暮らし時代には8月に自転車を40分走らせて高円寺の展示に行ったり、一人旅で福津の光の道沿いにある展示まで行ったり、再び行われた高円寺の展示には母と足を運んだりした。

そんな彼女が、2024年3月末で活動を終了することになった。
福岡で開催するとしても、最後の展示には行きたかった。だから、迷った末に2月の文喫天神に行くべく母と予定をつけて旅行を予約したその日の夜、本当の最後の展示が発表されてええ!?と思った。

2月の展示は場所が天神ということもあり、アクセスがいい。
今度の場所は、博多から快速で30分揺られた後にタクシーで15分くらいの場所にある。
行きたい、けれど観光地ならともかく知らない人の展示についてきてもらうのは…と思ってためらったけれど、彼に提案したら食い気味で「行こう!」と言ってくれた。

usaoさんの旦那さんのK氏もたびたび投稿や書籍に登場する。
usaoさんの病気やそれによって生じる気分の波に流されることなく、常に彼女の魅力を見失わないK氏。
こんな恋人がいつかできたらいいと思っていたけど、なぜか奇跡が起きてわたしにも隣にいる。トシだからT氏かな、なんて考えていた。

usaoさんも素敵な人だ。福津の展示で一度だけお会いしたことがあるけれど、明るくて、気遣い上手で、彼女の周りがキラキラしているような人だった。
わたしはそのために東京からはるばるやってきて何を話すかいろいろ考えあぐねていたのに、涙を堪えるのに必死で話しかけることすらできなかった。後ろからきた夫婦は奥様の方がファンだったようで、彼女がわたしのように言えなかった思いをご主人が代わりに話していてちょっとだけずるいと思った。
言えなかった気持ちは1人でノートに託した。

そんなusaoさんの最後の展示。ミタニコーヒーという小さなカフェに、今日わたしたちは行く。


天神のホテルを後にし、鹿児島本線に揺られて12時過ぎには福間駅に到着。たった30分の距離なのに、窓の外のビルはあっという間になくなって住宅と緑豊かな土地が広がっていた。
福間駅のロータリーは広かった。わたしの貧弱なレパートリーでいうとひたち野うしくみたいな?(たぶん違う)
彼がリサーチしてくれていた洋食屋さんがあったので入った。老夫婦が営んでいるお店だった。
人気の限定メニューは一つ前の人で終わっていて彼は少し残念そうだったけれど、出てきたハンバーグもチキンカツもおいしかった。地元にあるなら通います。

店内の雰囲気は昭和っぽくてレトロなのに、厨房の方では少し古めのYOASOBIがかかっているギャップがわたしは好きだった。
お客さんは1人で来ている男性が多くて、大抵は地元の常連さんなんだろうなと感じた。
食器洗いが追いついていないのかカウンターまではみ出すくらいお皿が並んでいて、その近くにあった店の裏につながる扉からはときどきお孫さんと思しき子どもが出てきて、退屈そうに夫婦に話しかける。扉の向こうにはリビングがあって、生活が垣間見えた。
自分の想像が及ばないくらいの遠くで、都会しか知らないわたしにはきっとイメージできない生活。それが当たり前の日常が今目の前に広がっている。暮らすってきっとこういうことなんだ。


お店を出るとすぐ近くにわたしの大好きなむっちゃん万中のお店があったけれど、カフェの予約時間が近づいていて買えず。
帰りに買おうと約束をして、電話で呼んだタクシーに乗り込んだ。

タクシーのおじさんはとても気さくだった。というより、延々と話しているタイプの人だった。めっちゃ面白い。
近くに観光地である光の道や宮地嶽神社があるので、観光客もけっこう乗せるんだろうな。
この場所は嵐が出演したCMのロケ地で一躍有名になったのだけれど、道と太陽が一直線に並ぶのは1年に2回だけなのだとか。放映から数年は嵐ファンがたくさん来たらしい。
わたしたちの今回の目的地は違うので、運転手さんは興味津々だった。「さっきも同じ場所まで遠くから来たお客さんを乗せたんですよ。こんなに遠くから皆さん来てくださるんだから、さぞ有名なんでしょうねえ。すいません全然知らないで。」
「いやいやたぶんテレビにバンバン出るほど有名な人ってわけじゃないので、ほんと知る人ぞ知るって感じの方なんですよ。」
わたしはバーでおじさんと話すときのモード全開だった。彼は人見知りを発揮したのか静かだったけれど、おじさんの話にはちゃんとリアクションして一緒に笑った。

タクシーで15分。
福間駅周辺も田舎を感じてノスタルジーに浸っていたわたしたちは、住宅街を抜け、家すら減って山も越えんばかりの景色にびっくりした。
博多から1時間以内でこれだけの自然があるなんて。東京だったら都心から1時間先はわたしの実家みたいな住宅地だ。
そして、山の中腹みたいなところでタクシーは止まった。
「この先ちょっと歩いたところですけど、引き返せないのでここでお願いします。」
見えるのは木と住宅だった。地図アプリで探したら見つかった。古い家を改装したお店だった。

カフェの左側は大自然

わたしたちが暮らしている東京や、昨日までいた博多天神とは大違い。この豊かさだけですでに心が和らいだ。


お店は一軒家みたいだった。玄関に入ってすぐ、「予約していた〇〇です。すみません、少し遅くなってしまって」とわたしは言った。スタッフさんのお返事とお店の静かさに、大きすぎる声を出したことがすぐにわかって恥ずかしくなった。
靴を脱いで気づいたのは、スリッパが1人ひとり違うこと。わたしは次に選ぶ彼のために少し小さめのものを選んだ。

お店の一角には今回のためにusaoさんが描き下ろした原画が飾られている。真ん中にはusaoさんの書籍が置かれていて、テーブルまで持っていって試し読みもできるようだ。
通された席は、キッチンに向いたカウンター席。
わたしはusaoブレンドとチョコレートケーキ、彼は別のコーヒーとティラミスを注文した。

テーブルには書籍がいくつか置かれていた。これがまたセンスがいい。一番気になったのは、名前を知らない人の書籍だった。高円寺周辺で暮らしている女性の日記形式のエッセイで、あまりにもよかったので店主に聞いたら自費出版らしい。その頃はエッセイを書きたいけれどアイデアが浮かんでこず、星野源のエッセイなどを読んでいたので余計に心に残った。

子どももいたのに静かな店内で、わたしたちはこれからの話をした。
福津は素敵な場所だった。都会から少し離れたところに豊かな自然とのどかな風景が広がっている。働く場所はきっと都会で探せる。
わたしの生まれ育った場所は東京から電車で1時間以内の、全国ベースでいえば充分な都会にあった。それでも子どもの頃は空き地が多く、たくさんの命に触れ合って育った。だからわたしも、いつか子どもができるならできるだけ自然豊かな場所で一緒に暮らしたい。子どもに帰る田舎を作ってあげられるのも素敵だ。
でも、都会から離れた場所で生きていける自信がなかった。わたしは好奇心の人で、思い立ったときに始められる環境がないとすごく窮屈に感じる。
彼も概ね同意してくれて、いつかできたらいい生活を話した。

それから同棲の話。
住みたい場所、置きたい家具、理想の間取り。未来の話はわたしたちをワクワクさせてくれる。このときはまだ遠い話で、現実になるなんてもっと先だと思っていた。

そして、わたしの心の話。
転職の目標にしていた日は今からではもう間に合わない。体調が良いと思える日もなくなってしまった。仕事を辞めた年末にはもう何も持っていないと思っていたのに、そこからさらにできることは少なくなった。そんな自分や将来を悲観していた。
それを彼が、「本当にそうだろうか」と疑問を呈した。
こうして一緒に旅行ができて、今こうして素敵な場所でおいしいものを食べながら楽しい話をしている。それだけで充分満たされるものもあるのではないかと。

2時間くらいそこで話していた。こんなに深いことをゆったりと話していられたのは、喧騒から離れたこの場所のおかげだ。

店主も優しくて、お会計のときに初めてちゃんと話したのだけれどもっと早くに話しかけていればと思った。東京の話、usaoさんの話、その優しさがそのままお店になったみたいだった。わたしはお店のステッカーを買って、それを大事にスマホのケースに挟んだ。


お店を出てタクシーを呼んだ。少し時間がありそうだったので、宮地嶽神社に向かう。
今度の運転手さんは、行きで乗せてくれた運転手さんよりずっとお喋りで、ロープウェーの音声案内くらい淀みなく話す人だった。あとやっぱり面白かった。「お2人にプレゼントです」と言ってそれぞれに5円玉をくれた。縁起がいいものらしい。

宮地嶽神社には一度行ったことがあって、2人でえっさえっさ階段を登ってこの景色を見られたことが嬉しかった。

太陽がなくても息を呑むくらい美しい(フィルムカメラで撮影)


帰りの飛行機の時間が迫ってきたので、再びタクシーを呼ぶ。
待つために立ち寄った神社近くのコンビニは、わたしが前回訪問したときにもタクシーを待つために立っていたところだった。そのときは帰りのバスが満車で誰も乗れず、並んでいた人でタクシーを乗り合わせた。
きたタクシーの運転手さんは、偶然にも駅からカフェまで乗せてくれた方だった。そんな偶然が旅先では特に嬉しい。
「ここ乗り合いされる方もけっこういるんですよね。そういう方ってだいたい女性なんですよ。女性って勇気ありますよね。」と言っていた。わたしがまさに呼びかけたので少し恥ずかしくなった。
「さっきそのアーティストの方のお名前聞きそびれちゃったんでね、気になっていたんですよ」というのでusaoさんのお名前を再度お伝えした。
「福津はどうでしたか?」と聞かれたので、素敵だと思ったところを素直に伝えた。自然が豊かなところ。意外と都会から近いところ。人が親切であたたかいところ。ここに住んでいる人はどこで働くのか彼と聞いてみたら、小倉が多いという。
さっきより少しだけ親密になった。おかげで、駅前と伝えていた行き先をさっき行きそびれたむっちゃん万十の前に変更してもらった。「おいしいんですよねー」というお墨付き。
電車の時間がギリギリでバタバタしてしまったけれど、感謝の気持ちを何度も伝えてタクシーを見送った。


どうしてこの場所の人たちは、こんなにあたたかくて愛おしいのだろう。
都会でもコミュニケーションはたくさんあることは知っているけれど、それより少しだけおせっかいなのがわたしには心地いいのだろうか。
わたしはこの街が好きだ。いつもよりちょっぴり肩肘張らずに生きていける気がする。
わたしが大好きなこの街の空気を彼と一緒に吸って、人のあたたかさを感じられてよかったな。
また戻ってこよう。そう思いながらこの街を後にした。

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