見出し画像

「逃げ切り世代」は逃げ切れるのか?

人口問題は高齢者の生活を直撃する
ー 5つのリスクをどう乗り切るかがカギ ー

 ハッピーリタイアメントを夢見て「老後資金はもう十分に用意した」と考えている人も多いでしょう、しかしリタイア後の高齢者にはその計画の障害となるいろいろなリスクが襲いかかってきます。 
 特に高齢者のライフプランでは必ず考えなければならない5つのリスクがあります。それは「インフレリスク」・「健康リスク」・「長寿リスク」·「家族リスク(こどもリスク・親リスク)」の4つと、新たな、そして一番恐ろしい「制度変更リスク」が加わります。
 「健康リスク」はお解かりでしょう。老後設計は基本的には60歳時点での「平均余命期間」で設計しますが、WHOが2000年に公表した「健康寿命」という言葉があります。「健康寿命」とは、日常的に介護を必要としないで、自立した生活ができる生存期間のことで、これから考えると、健康で生活できる期間は「平均余命期間」よりは10年ほど少なくなってしまいます。医療や介護にかかる費用は高齢期には当然のことながら増加しますし、いつまでも元気だと思って、就労収入を予定して老後設計をしていても、健康を害して働けなくなるリスクも生まれてきます。また健康であってもそれを維持するための費用が必要かもしれません。
要は計画外の支出の発生と計画収入が得られなくなるというリスクです。
 二つ目は「長寿リスク」です。老後の生活設計は「平均余命」をベースに行いますので、長生きすればするほどお金はかかります。人間の死亡年齢は大きな個人差がありますし、「健康リスク」が小さく、健康な人ほど「長寿リスク」を負うという関係になってしまいます。平均余命年齢に達した時点でも貯蓄に余力を残しておかなければなりません。
  三つ目は「家族リスク(こどもリスク・親リスク)」です。これはすべての人が負うリスクではありませんが、無職や低収入のお子様、無年金・低年金の老親を抱えるなど家族の生活を老後になっても支えなければならない人も少なくありません。
以上の3つは、個人的なリスクであって、従来からも「保険」を上手に取り入れるなど、リスクコントロールは比較的取り入れやすいものです。
それに対して、次の2つのリスクは社会的なリスクといえましょう。
 「インフレリスク」はご承知のように、お金の価値を減らしてしまいますので、たとえばハイパーインフレが起きたりすれば、生活が立ち行かなくなります。近年デフレの続く状態に慣れきってしまった、または、インフレを経験した事のない世代が多くを占めるようになってきたため、このリスクは忘れがちですが、必ず加味しておきましょう。
 最後に一番やっかいなのが「制度変更リスク」で、これが老後設計に影を落としています。
私達の未来には様々な深刻な問題がのしかかって来ていますが、中でも日本社会の最大の課題は「人口減少」問題であることはもはや異論がないと言ってもいいでしょう。そしてその影響をもろに受けて「制度変更リスク」が、これからの時代には間違いなく起こってきます。社会保障制度の現状から見て、「年金」も「医療」も現在の制度が立ち至らなくなるのは目に見えています。負担が著しく増加して、給付が大きく減らされることは覚悟しなければなりません。
保険料や税制も毎年のように制度変更があります。特に、老後の収入源の柱である「年金」については、制度破綻の可能性すら考えられます。退職前からの、個人年金活用などを考えなければなりませんが、このリスクに対処するためには制度変更の情報をできるだけ早くキャッチして、場合によってはキャッシュフロー表を見直すことも必要になるでしょう。
公的年金制度も「もう受給権が発生したから安心」とは思っていられない時代が確実にやってくるのです。
他のリスクと違い予想が立たず、対応が難しいのが「制度変更リスク」。
日常的に耳にする、「少子高齢化」「年金財政の窮状」などからして、給付と負担のバランスがいつか抜き差しならぬところまで行ってしまうのではないかという不安を持っている方もたくさんいるはずです。まして、人口減少社会の恐ろしさを知ってしまったら・・・・・
いやいや受給権という権利をそんなに簡単にないがしろにはできないはず。確かにそうでしょう。しかし国家がデフォルトになったら話は違います。無い袖は振れないのです。企業年金の受給権も本来企業の破綻云々とは関係の無い話ですが、現実には給付が止まった例もあります。公的年金についても国家財政のデフォルトということになれば、約束を反故にされかねません。若者世代からの反発も今以上にますます強くなっていくと思います。
国家による詐欺みたいな話ですが、現に「年金制度はリセットにする」という主張を掲げる政治家が現れて、人気を集めている現状を考えれば、あながちありえない事ではないのではないでしょうか。
年金制度が大きく変わる『その時』。「逃げ切り世代」は果たして逃げ切れるのでしょうか?

「制度変更リスク」を前に「逃げ切り世代」は逃げ切れるのか?

 「逃げ切り世代」という言葉があります。手厚い社会保障制度の恩恵を受けつつ人生の最後までそれを享受できる世代という意味合いで使われることが多いですが、背景には現在の社会保障制度が人口減少により、いずれ破綻するか、破綻しないまでも大幅な改変が行われるのは不可避であるという前提があります。
 「逃げ切り世代」と呼ばれる高齢者のイメージは、まるで芥川龍之介の蜘蛛の糸の主人公カンダタのように自分だけ助かろう、逃げ切ろうと、糸を伝って下から続いてくる下の世代を振り落とそうとする極悪人みたいにも思えます。でもよくよく考えて見てください。お釈迦様の垂らした糸にすがるカンダタならばお釈迦様の慈悲で逃げ切れるかもしれませんが、年金制度は下からのマスゲームの組立体操の人間ピラミッドみたいなものです。天辺にいるからと言って、下と一蓮托生。土台がしっかりしてなければ、すぐに落ちる。いや天辺ほどくずれた時に逃げようがないのです。高齢で衰えた足腰ではまた一から作り直すこともできないのです。そういう意味では今の年金制度の破綻は「高齢者の方が影響は大きい」と言えるでしょう。
 どの世代までが逃げ切り世代なのかは諸説あるようです、団塊の世代の上の世代を指すこともありますし、ボリュームゾーンである団塊の世代を指すことも、あるいは今の60代、50代まで拡げる意見もあります。
いずれにしても「逃げ切り”世代」とは右肩上がり社会で人口ボーナスの恩恵を受け続け、人口オーナスへの転換期あるいはそれ以後にリタイア期を迎え、退職金も年金もそこそこ受取り、安泰な老後を送っていくというイメージがあります。
しかし結局は人生の終末期が、将来起こる社会保障制度の大改革の時点の前か後かということに過ぎません。その時点を過ぎて長く生き続ける人達は「逃げ切れなかった」という事になるのでしょう。それならば社会保障改革の改悪時点を誰も予想できない以上どこまでが「逃げ切り世代」かを現時点で言い当てることは不可能と言えます。
 私はこれから「高齢者受難の時代」が始まると考えています。逃げ切れるのは、長くてもせいぜいあと10年ほど、その間は小幅な負担増、支給減が続き、その後、『その時』が来て、年金も医療も介護も大きな制度変更が起きるのではと考えています。内容は今から予想はできませんが、間違いなく言えることは、大幅な負担増と社会保障の大幅な削減です。この方向性だけは確実で、それに沿った制度改正がなされるでしょう。
それでも1500兆円の貯金残高の多くの部分は高齢者が所有しているのだから高齢者は安泰だという意見もあります。しかし高齢者の貯蓄が多いといっても、貯蓄の多い人、少ない人の格差が大きく、今後、ストックに対する課税強化やインフレで奪い取られて行きます。富裕層は海外へ逃げていくかもしれません。
 
「逃げ切れるか」「逃げ切れないか」が話題になるのは
日本の年金制度が現役世代の保険料負担で年金受給世代の給付を支える構造になっており(賦課方式という)、少子高齢化がどんどん進んでいく中で、いずれ支えきれなくなり、制度の変更に追い込まれる『その時』が必ず来ると多くの人が考えているからです。
『その時』がいつになるかはわかりませんが、制度変更は大きな軋轢を生みだしますので受給者世代の人口が多いほど強いハレーションを引き起こします。
私の考えでは、ハレーションを少しでも和らげるためには、高齢者のボリュームゾーンである団塊の世代が平均寿命を超えて85歳前後になる10年後位に『その時』が来ると思います。2035年くらいになれば、団塊の世代の人口も随分少なくなっていることでしょう。その上の世代はさらに減っているはずです。
団塊の世代は、女性が年金給付額が比較的少ない専業主婦として生きて来た人が多いので、特に年金財政の負担となる男性人口の方が問題になります。
男性人口は10年後、女性人口より減少が大きく、年金給付総額は大きく減っているはずです。制度変更をする側にとっては高齢者人口が減って不利益を被る人が少ないほどやりやすいのです。
『その時』が2035年くらいと仮定すれば、団塊の世代より上の世代はほぼ「逃げ切り世代」、団塊の世代は男性の半分超が「逃げ切り世代」。それより下の世代は、ほとんどの人が「逃げ切れない」世代と言えるのでしょう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?