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記憶(2018.11.11)

「最後に、抱きしめてもいいですか?」
骨壷を抱く彼の母親に、そう訊ねる。
憔悴した喪主の手は、ほんの少しの力で折れてしまいそうなほど頼りなく、それでも確と壺を抱きしめている。
ほんのひと時の別れさえ不安気に、その手は彼を離した。

壺がずっしりと手に重い。
荼毘に付された彼は、生前の溌剌とした面影とあまりにかけ離れていて、それが彼の体の残したものだとはとても信じることができない。
陶器は皮肉のように美しく、艶やかで、彼と悲しい対照を成している。
肉体は焼かれた。
彼はもうどこにもいない。

それでもまだそこに残る最後の面影として、もう二度と触れることのできない彼の一部を、抱きしめる。
抱きしめる。
強く。
強く。

私を見つめたあの真っ直ぐな瞳は、もう私を見ることはない。
あの強く真っ直ぐな瞳を、私はもう見つめ返すことができない。

暗い墨流しのような夕雲が空にかかり、窓を濡らす。
泥色の雲に覆われた太陽は、その光を失ったまま二度と元には戻らなかった。

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