見出し画像

明るい気分になれるおすすめミステリ by 温玉

名探偵が怪人と対決するミステリが好きです。アッと驚くトリックや小道具を駆使して人々を煙に巻く怪人。そんな怪人のカラクリを鋭い推理で見抜く名探偵。たまりませんね。

とはいえ怪人という素材をうまく料理し、謎解きミステリーの旨味を引き出すのは簡単ではないようです。だって怪人、いないですからね。密室殺人も見立て殺人も顔のない死体も現実ではあまり見かけないという点は同じですが、怪人の“ありえなさ”は頭一つ抜けています。

なぜ怪人がいないのかといえば、メリットがないからだと思います(と、まじめに書くのも何だかまぬけですが)。悪事を働くにあたり「おれは怪人だ」と名乗るメリットはありません。現実に名乗るのは酔っ払いくらいのもんでしょう。

でもその突拍子のなさこそが怪人の魅力なのだと思います。およそ非現実的でありながら、決してゾンビや吸血鬼のような架空の存在ではない。どれだけ不思議に見えても、その正体は人であり、その術は人が考え出したものに過ぎないのです。

そんな怪人の魅力と謎解きミステリーの醍醐味をふんだんに持ち合わせているのが、根本尚先生の怪奇探偵・写楽炎シリーズです。一読して、こんなに面白い漫画があったのかと驚嘆しました。刊行された3つの作品集の中から、今回は1つ目の「蛇人間」をご紹介します。

収録作品は「一つ目ピエロ」「血吸い村」「踊る亡者」「蛇人間」の4編です。

1. 一つ目ピエロ

記念すべきシリーズ第1作です。登場する怪人は一つ目ピエロ。生まれつき目玉が一つしかなく、薄暗い蔵で育てられます。やがて両親を殺し脱走した後は、人間を恨み、深夜に街を徘徊して人々を襲います。探偵役の写楽炎はたびたび一つ目ピエロと遭遇しますが、そのたびピエロは路地や教室から消えてしまいます。

この作品で特筆すべきは、漫画ならではの手掛かりの出し方でしょう。まず冒頭15ページほどのエピソードで、この作品における手掛かりの出し方が読者に明示されます。その上で、作者は後の物語に数多くの手掛かりを盛り込んでいきます。たとえ目を皿にして読み進めても、すべての手掛かりを読み取るのは至難の業。漫画ならではの手掛かりが次々と回収される謎解きは圧巻です。

2. 血吸い村

舞台は隠れキリシタンの集落、治水村。登場するのは、400年前、南蛮船で日本へやってきた吸血鬼。一度は宣教師に退治され沼に沈められますが、地震で沼の底から甦り、宣教師の子孫を皆殺しにしようと目論みます。次々と犠牲になっていく牙沢家の人々。はたして写楽炎は吸血鬼の正体を見抜くことができるのでしょうか。

この作品のテーマはアリバイ崩しです。治水村の薄気味悪さを演出する禍々しい描写の数々に、トリックに必要な小道具が隠されているのが周到です。

3. 踊る亡者

30ページほどの掌編です。怪人の名はエビス。寂れた漁村の一角、自殺の名所として知られる断崖に現れ、自殺志願者を襲います。あっさりした読み口ながら、凄まじい犯行動機に度肝を抜かれます。

4. 蛇人間

才川家に残る恐ろしい言い伝え。この家の先祖は、かつて大蛇を退治したために蛇の呪いをかけられ、全身に鱗の生えた蛇人間になってしまったのです。そして現在。才川家の所有する土地で、ショッピングセンターの建設と蛇神の祠の取り壊しが計画されます。そんな中、才川家の周辺に再び蛇人間が出没します。

冒頭30ページほどで明かされる「川の上を歩くトリック」も去ることながら、この作品のメイントリックにはすっかりやられました。妖蛇洞という特殊な舞台だからこそ成立する、盲点をついた物理トリック。それを成立させるための細かい工夫の数々。繰り返される蛇のモチーフが、トリックと密接に絡み合っているのも上手いところです。まさに怪人ミステリー(なんてあるのかしら)ならではの傑作だと思います。

同シリーズの作品集として、他にも「妖姫の国」「蝋太郎」の2作品が刊行されています。どちらも怪人と探偵の対決、そして謎解きの醍醐味をぞんぶんに楽しめる名作揃い。この機会にぜひご一読を。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?