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【1%ノンフィクション】Vol.0801(2010年3月31日発行のブログより)

それだけのこと。

場所は六本木ヒルズに隣接するグランドハイアットの喫茶ラウンジだった。

ケーキセットを頼んだ乙はひと通り平らげてから、
2杯目の紅茶を飲みながら言った。

「そうそう、前から甲に1つ聞きたかったんだけど・・・」

「いいよ」

甲は言った。

「人に嫌われるの怖いと思ったことないの?」

「あ、ちなみにこれ褒め言葉ね」

乙は目をキラキラ輝かしながら言った。

「怖いと思うかどうかわからないけど、
少なくとも意識したことはないなあ、何で?」


甲はありのままを答えた。

「何でだろうねえ・・・そんな人すっごく少ないと思うんだけどさ」

乙は2杯目の紅茶を飲み干した。

「この人には認められたい、っていう人から認められている
絶対的な安⼼感があれば周囲のことなんて気にならないんじゃないの?」

甲は即答した。

早く本質を衝いた結論を出したがるところが甲の悪い癖だった。

会話そのものを楽しむのではなく、
他人事のように冷静に正解を追求してしまうのだ。

さっきまでランチセットのパスタを食べながら話が盛り上がっていた
隣の若いカップルもピタリと話をやめて甲と乙の会話に耳を傾けていた。

甲は今までこれで数多くの女性を怒らせてきた。

女心がまるでわからない典型的な鈍感なヤツだった。

「そういえばモディリアーニってフランスの画家も
生前はからきし絵が売れなかったのに、交際していた美女たちからは
才能を完璧に認めてもらってたものね。それが心の支えだったのかしら」


乙は学生の頃交際していた東京藝大に通う、
 画家志望の男性にモディリアーニの話をよく聴かされたのだった。

甲は答えた。

「モディリアーニは天才だったと思うんだけど、
本当に凄いのは最後の彼女だった
ジャンヌだと思うよ。
モディリアーニ本人よりも彼の才能を命がけで信じて、
愛してたわけだから」


乙と隣のカップルは驚きで沈黙した。

特に隣のまだOL2年目といった女性の方は
顔こそこちらに向けていないものの、
真剣そのもので目の前のカレの存在すら消えてしまっていた。

「モディリアーニは自分の才能が本物かどうか不安だったから
それを酒と女で誤魔化したんだ。でも最後のジャンヌは本物だった。
 だからモディリアーニは役割を終えて死んだ。
彼女もその後を追って死んだ。それだけのこと」

乙は思わず繰り返した。

「それだけのこと・・・」

隣のOL2年目も心の中でつぶやいた。

「え?それだけのこと・・・?」


乙もOL2年目も甲のことを「好きだけど嫌い」なタイプだと思った。

「好きだけど嫌い」・・・この女心を数学でいうと虚数のようなものらしい。

...千田琢哉(2010年3月31日発行の次代創造館ブログより)

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