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【1%ノンフィクション】Vol.0618(2009年9月30日発行のブログより)

よかった、落ちてくれていて・・・

勝負は、⼀瞬だった。

掲⽰板に甲の番号はなかった。

「う、うそ、やったぁ―――――――!!」

後から後から押し寄せる群れの中、
ただ⼀⼈だけ、バンザイをするスラリとした⻑⾝の⼥性がいた。

甲の腕にしがみついていた⼄だった。

「よかったぁ〜、あなたが京⼤に落ちて。
初詣でお願いしたことが叶った。神様って本当にいるのね」

⼄はその場で泣き崩れ、甲の脚を叩きながら                   力一杯声にならぬ声で小さく叫んだ。

それは映画『ローマの休日』の「真実の口」でオードリーが       披露したあのアドリブのシーンを彷彿させた。

⼄があまりにも幸せそうだったので、
アメフトの部員たちに⼆⼈で揃って胴上げされてしまった。

⽴て続けにフラッシュが光った。

レポーターは甲にではなく、垢抜けた⼄にマイクを向けた。

「おめでとうございます︕合格の要因は何ですか︖」

⼄はキリッとした眉とシャープな顎をカメラに向けてこう答えた。

「はい。愛の⼒です」

さっき胴上げしてくれたアメフトの部員たちが一斉に唸り声を上げて       地響きがした。

甲は異様な盛り上がりを⾒せたこの写真が、
来週号の「サンデー毎⽇」の表紙に掲載されないかヒヤリとした。

              *

⼆⼈ともようやく掲⽰板の⼈だかりから脱出した。

「オマエ、どういうつもりだよ」

甲は⼄の腕を引っ張って顔を睨んだ。

「だって、これで⼀緒に慶応に通えるもん」

⼄は屈託のない笑顔で甲の腕に⼒⼀杯しがみついて囁いた。

⼄は慶応⼤学理⼯学部に進学が決まっていた。

その瞳の奥に微かな寂しさが垣間⾒えた気がする。

甲はこのときの⼄の笑顔を⽣涯忘れることはないだろう。

甲は落ちたら潔く、⼄と⼀緒に合格していた慶応に通うと約束していた。

甲はこのとき初めて今まで交際してきた⼄に対して、

「コイツ、すごいな」

と脅威を感じた。

1ヶ月後、甲は⼄に内緒で後期⽇程に出願していた、
野暮ったい某国⽴⼤学のキャンパスに
ただ一人ポツリとLACOSTEのポロシャツを着て⽴っていた。

はるばる新幹線で到着した駅のホームには
さとう宗幸の感動的名曲「⻘葉城恋唄」が流れていた。

寒さと共に、⾝に沁みた。

⼄は現在、物理学者として活躍している。

ウェブサイトで学者プロファイルを⾒る限り、まだ旧姓のままだ。

...千田琢哉(2009年9月30日発行の次代創造館ブログより)

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