【1%ノンフィクション】Vol.0808(2010年4月7日発行のブログより)
想ひでの薫り。
「甲の部屋、本の、・・・匂いがするね」
初めて甲の部屋に招かれた乙はそう囁いた。
甲も乙も大学生だった。
甲の部屋にはビッシリと本棚が並べられていた。
正確にいうと本棚の中に甲は住んでいた。
2年生まではアパートの2階に住んでいたが、
1階の住人からクレームがあった。
「天井が近づいている」
というのだ。
甲は大家さんに連れられて1階の部屋の天井を見た。
確かに天井が近づいていた。
原因はハッキリしていた。
本の重みである。
すぐに1階の住人と入れ替わった。
2年間で買いためた本は部屋の壁にびっしり並べられた本棚から
溢れかえっていた。
甲は1階に移って安心し、さらに本の購入に拍車がかかっていった。
仙台市内の⼀番町通りにあった丸善と金港堂には
毎日⽋かさず足を運んで本をどっさり買い込んでいた。
甲が卒業していなくなってから
すぐにそのうち一方が閉店した噂を聞いたとき、なぜか責任を感じた。
甲の部屋はすっかり図書館のようになっていた。
続けて乙は言った。
「そう、これ、図書館の匂いだわ」
甲は図書館の匂いをイメージしながら
⾃分の部屋の匂いを改めて嗅いでみた。
カビ臭い匂い?
「本のカビ臭い匂いって、何かいいよね」
乙はつぶやいた。
「カビ臭い匂いが?」
甲は部屋がカビ臭いと言われて怪訝な顔をした。
「うん、何かエッチな匂い・・・」
大学の文学部で美術史を専攻していた乙の清純な顔と
「エッチ」というストレートな表現のギャップが妙に印象的だった。
10年後、パリからその時住んでいたアパートの写真が送られてきた。
写真には、
「本のカビ臭い匂いは、想ひでの宝物です」
と書いてあった。
乙が結婚した便りだった。
...千田琢哉(2010年4月7日発行の次代創造館ブログより)
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