【気づき】Vol.1255(2011年12月10日発行のブログより)
マイケルサンデル教授。
藝術的授業はやっぱり映像がいい。
迫力が違う。
日本の大学の授業と決定的に違っているのは、
欧米の大学教授は教え方がプロフェッショナルだということだ。
日本では大手予備校のカリスマ講師がこの役割を担っている。
日本の大学教授は自分たちは研究者だと思っているから、
教え方は概して驚くべき頼りない。
学生向けには
「勉強は自分でするものだから、教え方なんて期待してはいけない」
というのが正しい。
でも大学教授向けには
「学生たちが講義に出たくなるような魅力ある授業をしろ」
というのが正しい。
対象によって解答は違うってことだ。
僕はコンサルでも本でも⽭盾したことを言ったり書いたりしている。
若手社員に向けては、
「納得できないのは自分が納得しようという姿勢がないから」
とアドバイスするし、
管理職に向けては、
「部下の1000倍納得していないと納得させることはできない」
とアドバイスする。
それは解答は⼀つではないからこんなの当たり前なんだ。
ある時には黒だったものがある時には白になる。
ある時には正義だったものがある時には犯罪扱いされる。
間違いなく殺人が評価されていて、
それによって助かった人が大勢いた時代があった。
その人たちの子孫として今我々がこの世に存在している。
今正しいとされていることも、 200年後も正しいとは限らない。
もちろん、その逆も然り。
正解が変わり続けるというのが、唯⼀変わることのない原理なのだ。
哲学というのは光の当て方だ。
誰が見ても当たり前だと思っている常識に対して、
別の部分から光を当てる。
すると常識を信じている人たちから非難を浴びる。
人は変化を恐れる生き物だからだ。
マイケル・サンデル教授が言っているように、
哲学というのはまったくお金儲けに手っ取り早く結び付かない学問だ。
哲学に没頭しすぎると不幸にすらなるともいう。
だけど哲学はなくならない。
なぜなら、
人は常にその時その時で決断を下さなければ生きていけないからだ。
臨機応変にその場その場で模範解答を創っていかなければならないからだ。
そのためには過去の人たちが考え続けた知恵を拝借しながら、
その解釈を自分なりにしていくことが求められる。
模範解答は人によって違うし時代によって違うから哲学が必要だ。
重要で急ぎなことをこなす人生から卒業して、
重要で急ぎでないことにたっぷり人生を費やしていきたいね。
そんな人生が幸せなんじゃないだろうか。
急ぐ人生は不幸だ。
ゆったり重要なことをする人生は幸せだ。
追伸.
こうやってライブを観賞すれば一目瞭然なんだけど、
欧米の大学教授は本当に尊敬されていて社会的地位が高い。
日本のように大学教授になったら双六の上がりではなく、
教授になってからこそ熾烈な競争が繰り広げられることがわかる。
だから輝き続けているんだね。
男から見てもマイケル・サンデル教授カッコいいもの。
上から目線で生徒に当てるのではなくて、
⾃然にぐいぐい巻き込みながら白熱させていき、
模範解答はいっさい教えないっていうのが素晴らしいね。
模範解答なんて聞いてくるバカは、
ハーバードではなくどっかの田舎の大学へ行けと。
...千田琢哉(2011年12月10日発行の次代創造館ブログより)
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