大きく手を振って、7月に死んだあんたに

　スマホが普及してから連絡先の登録ってほんとに片手で足りるくらいしか増えてなくて、これはLINE交換しちゃえば済むようになったからなんですけど、今連絡先ざっと見てもほぼ家族かもう二度と会わないだろうなっていう古い友達ばっかなんですよ。要はガラケー時代に、あったじゃないですか赤外線で連絡先送りあうやつ。
　あれってメールアドレスとか電話番号の他にみんなちゃんと誕生日とかも入れてて、だからそのデータを引き継いだ連絡先リストにはもう顔も思い出せないようなひとたちのパーソナルデータが化石みたいに残っている。ついでにカレンダーにも連携されてて、なんか通知が来る。今日は誰々さんの何歳の誕生日です、みたいな。古いからこそそうやってデータが残ってるんだけど、まあ古いからこそ断絶のほうが目につくと言いますか、おめでとうと伝えるでもなくむしろああそんな子居たっけ、くらいの感じで。
　カレンダーのアプリ開くと、入ってますよ。中学の友達とか、高校の友達とか。え～ウチらもうそんな歳？とか思ったりもするんですけど、それはまあ別に良くて。

　7月が来ました。
　私のカレンダーには今年もちゃんと、22日のとこにこう出てます。「アベさんの12歳の誕生日」って。

　これ、誕生日じゃなくて命日なんですよ。でも12年前の私はなんか、多分忘れないようにだったんでしょうね。アドレス帳にわざわざ「アベ」とだけ入れて、誕生日のとこにその日付残したんです。

　アベっていうのは中学や高校の同級生じゃなくて、知り合いでもなくて、好きだったバンドのギタリストなんですけど、ミッシェルガンエレファントっていう、2003年かな、解散して、私一回も生で見たことないんですけど解散しまーすってテレビ出てたの見てからずっと好きで、高校の頃はコピーバンドとかやったりして、多分知ってる人はみんな知ってて知らない人は名前も聞いたことないけどこのバンドを好きな人は今もこのバンド以外のロックンロールは全部嘘だと思ってるようななんかそういうバンドで、で、アベって人のギターがすごくて、すんごい音で鳴るんですよ。カッティングっていう奏法が代名詞でおんなじように弾いても絶対おんなじにならなくてだから、ほんと、代えのきかないすごいギタリストでした。死んじゃったけど。

　ミッシェルのボーカルだったチバってひとが、同じくドラムやってたクハラさんと今The Birthdayってバンドやってるんですけど、2015年に武道館で10周年ライブをやったときのことです。
「10年前は、みんな10歳若かったんだぜ」
　チバがカラリとそう言ったとき、その場にいたみんな、私も「ああまたなんか言ってらあチバは相変わらずだなあ」とか思って笑ってました。そのあとにこう続くまでは。
「生まれてない子も居るし、……死んじゃったやつもいるか。まあ人生いろいろだわ」
　あの時、直前までの笑いに引きずられて、これは私の主観ですけどふっと一瞬"受け取り損ねた"ような奇妙な空気が会場に流れました。その後チバの言ったことの意味を、観客がゆっくりと飲み込むのと同時に始まった爪痕という曲のイントロが、歌が、ギターが、ドラムが、コーラスが、今まで語られたどの言葉の断片よりも雄弁にアベのことを話しているように聞こえました。だから今更、私みたいなのがわざわざアベについて語ったり伝えたりしなくてもいいんですよ。ほんと。

　でもミッシェルガンエレファント以外のロックンロールは全部嘘で、アベフトシは最高のギタリストだったので、今年もいろんなひとがだしぬけに「7月か………」と呟き始めると思います。今年も来年も、ずっとずっとみんながあの鋭いカッティングを惜しんで思い返して愛していく。

　ただこれはまた別の話、12年前、電話帳にアベの誕生日（命日）を登録したことを思い出させられる度、私はどうしてもむずがゆく、そわそわとした気持ちになってしまうのです。それが10代の子供の青臭い感傷に他ならないからです。好きなバンドのギタリストが死んだことをなんらかの物語性に仕立て上げて、次の年もその次の年も「7月か………」と呟いてやろうという浅はかな自意識が透けて見える。うわはっず。勘弁してくれ。こんな気持ちには早くケリをつけて大人ぶって「あの頃は良かった」って話をしたい。これが私が今ミッシェルガンエレファントを聴きながらこんな記事を書いている理由です。

　多分私はこれからも、7月が来る度にカレンダーに表示されるアベの誕生日（命日）で10代の自分を思い出して恥ずかしくてうなだれるんでしょう。うなだれながら、データを消したりはしないんでしょう。まだ相変わらずミッシェルガンエレファント以外のロックンロールは全部嘘だと思ってるし、アベフトシが一番好きなギタリストなので。

　アベくん、みんな、私はあの頃から12歳年を取ったけどこんな感じです。ほんと人生いろいろだよね。またどっかで、会おうね。じゃあね。