58歳の最年長オリンピアン・倪夏蓮(ニー・シャーリエン)が掲げる光:おばさんがおばさんとして勝負するために

※本稿における「おばさん」とは、当事者を自認するものの自称、もしくは連帯意識と敬意を込めた一人称複数形として理解して下さい。

---------------------------------------------------------------------

私、東京都民として東京五輪開催は反対だったし、スポーツを普段から嗜んでいるわけでもなく、スポーツ観戦が特に好きなわけでもないが、一人のおばさんとして、この選手に熱く惜しみない称賛を贈りたい。卓球女子シングルス・ルクセンブルク代表、58歳の倪夏蓮。ひとときネット上に溢れた彼女への称賛の言葉は、特定の層に偏らず普く老若男女から発せられているようだ(私調べ)。けれど、私と同じく自分事として彼女を応援していたおばさんは決して少なくないと確信する。

偶々テレビをつけて彼女が映った時、全私がざわついた。40代半ばの私にとって同世代のアスリートは既に第一線を退いて久しく第二・第三の人生を送っているし、一回り下のアスリートだって一握りがオーバーエイジ枠で残っているかどうか。それどころか、今大会ではうちの子より年下のアスリートだって活躍している。だが、卓球台のセンターにドンと陣取り、黒のアイライナーで縁取った目でじっと前を見据えているこの彼女は、明らかに私より年上だ。それも一回り以上。これを椿事と言わずして何と言う。対戦相手が次世代を担う天才・韓国の17歳、申裕斌というのも出来過ぎではないか。41歳年下のライバルを相手に一体、彼女がどんな戦いを繰り広げるのか。((小声でそっと、)そもそも相手になるのだろうか・・・。)文字通り固唾を飲んで見守る。

終わってみれば、そんな心配は全く無用だった。結果的に負けたとはいえ、フルセットの大善戦。ずぶの素人の私が知らなかっただけで、彼女は界隈ではよく知られた名物選手、実力は折り紙つきらしい。そんな彼女のプレースタイルは、現在の主流とは対極にあるとといっても過言ではない。中国のネット記事(後述)では、「活ける化石」とまで形容されていた。

ともあれ、私には倪夏蓮の卓球=変化の激しい世の中でおばさんがおばさんとしてサバイブしていくための叡智の体現と思われる。すなわち、一に不動、二に不動。届かない球は、見逃せ。センターに来た球を確実に、鋭く、トリッキーに返せ。・・・若者には若者の、おばさんにはおばさんの戦術がある(とはいえ、おばさんにあり得ない動体視力を維持していることは言うまでもない)。己の戦いを全うした末に負けるのであれば、それもよし。こうして彼女の勇姿が脳裏によみがえるにつけ、胸熱である。

倪夏蓮語録(日中のインタビュー記事から)

それにしても、2021年東京五輪にルクセンブルク代表として出場する日まで彼女がどんな競技人生を送ってきたのか。「異彩」ともいわれるプレースタイルをどのように確立したのか。できることなら、彼女自身の言葉で聞きたい。ということでインタビュー記事を探してみたら、下の2本がよかった。

①その名も『卓球王国』という専門誌の記事。しかもよく見たら、インタビューアーは編集長自身!当然、気合いも密度も格別。冒頭、編集長が1983年世界選手権東京大会の話をふると、あなたもその頃から取材しているわよね、私たち若かったわよね~との返し。つかみから激シブ。

【卓球】58歳で臨む東京五輪。元世界チャンピオン、倪夏蓮(ゲイ・カレン)の素晴らしき卓球人生

58歳の倪夏蓮の素晴らしき卓球人生。「卓球には感謝しているし、卓球はすべての人が好きになるスポーツだと思う」 <後編>

(↑後のが本家のはずだが、前編がどうしても見つからない・・・)

②中国紙『新民晩報』の記事。見出しが目にとまった時、もしかしてディスってる?と鼻息が荒くなったが、ちゃんと読んでみたら普通にいい記事だった(些か愛国的な論調だが、昨今の中国の記事として突出しているわけではない)。夫君=コーチとの、ほのぼの写真もよい。

二本の記事に共通してうかがえるのは、とにかくポジティブで、しなやかで、生活の一部として健全に卓球を楽しむ姿勢だった。

1983年、母国・中国の代表に呼ばれなかった時期、粒高攻撃型という前例のないスタイルに変え、見事当たる。89年、中国で第一線のキャリアを見込めなくなったら潔く海外(ドイツからルクセンブルク)に活路を見出し、コーチである今の夫と出会い、2003~7年は出産・育児のためオリンピック出場を見送ったりもし、卓球で生計を立てるのが難しいルクセンブルクで卓球以外の収入源もしっかり確保し(!)、プライベートを大事にする。引退の時期も定めず、何があるかわからないけれど、身体がもつ限り競技人生を続けたいという。

倪夏蓮、人生という卓球台でも見事な球さばき。

最後に、記事から倪夏蓮の名言を引いてみたい。

「人生は何が起こるかわからない。でもね、卓球にはとても感謝しているの。たくさんの人と出会い、友だちもでき、人生がとても素晴らしいものになった。」

「若い選手への対処法なら、私にもないわけではないのよ。」

(東京五輪の開催延期を知って)
「バカンスに行こう!57歳も58歳も同じようなものだし。こんなに長く旅行の時間がとれる機会はめったにないわ。」

(おばさんとか、おばあちゃんとか呼ばれる年齢でも現役でいられる秘訣について、一言)「love」

・・・かっこいい。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?