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『素晴らしきラジオ体操 (高橋秀実)』【読書ログ#26】

毎朝6時25分のNHKラジオから流れるラジオ体操のメロディー。

ラジオ体操で思い出すのは、やはり『夏休み』だろう。首からスタンプ帳を下げ、眠たい目をこすりながら近所の公園で体操をした方も多いと思う。

私がラジオ体操で思い出すのは『新婚生活』だ。

結婚をしたとき、新居を下北沢に構えた。駅から2分で線路脇という立地で、駅が近いというより、駅の脇に住んでいる感じだ。あんまり駅に近いから、窓を開けると駅のアナウンスや電車がホームに入り込んでくる音が聞こえる。ゆえに家賃はお手頃。

窓を閉め切ればほとんどなにも聞こえないし、結婚する前は、首都高の脇で近所にはコーンズ(すごくウルサイ車を扱っている車屋)という環境の場所に住んでいたので、音にはスグ慣れると知っていたので気にしなかった。

そんな下北沢の賑やかな所に住み1年ほど経った頃、小田急の再開発が始まり駅の地下化工事が始まる。

駅や線路を地下にしつらえるということで、住んでいる部屋の真横で工事が始まったのだが、サンダーバードのドリルオバケみたいな重機だとか、見たこともない大きさのボーリングマシンとか、何が何だかわからない巨大な筒を地面に埋め込むマシンとか、謎の振動を発生させる装置とか、大きな機械を吊り下げたままのクレーンとか、重機の万国博覧会のような光景が、窓のすぐ外で始まった。本当にすぐそこ。手を伸ばせば重機に触れられる距離。重機サファリパーク。

最初はうわ~っと思ったけど、カーテンを締めてしまえば見えないし、サッシが二重で音も聞こえない。振動はあったけど、ずっとじゃないし。倒れてこなけりゃ死にやしないし。意外に平気。

だがしかし、工事2年目に変化がおこる。

突然、家の外に足場と広場が組まれた。そして、その広場の上に、3階建ての仮設住宅のようなプレハブ小屋が立ち、工事関係者が住み始めたのだ。

そして、その工事関係者が毎朝6時25分に窓のすぐ外の櫓の上に大集合し、ラジオ体操が行われるようになった。

伴奏の音楽が流されるスピーカーは私の書斎部屋のマドのすぐ脇、私が机に座り、窓を開けるとスピーカー。そんな距離。そこから毎朝ラジオ体操の音楽が流れてくる。

ォオイッ! ッチニィ! サンシィ! と拍をとる594万デジベルの大爆音が窓を揺らす。こりゃたまらん。ラジオ体操爆音上映!!

大家に相談をしたら、工事にもその内容にも同意しちゃっているということで、どうにもならない。結局、敷金・礼金全額返済、原状回復も鍵交換も何もかも免除、いっさいがっさい何も負担なし。という条件で出る事になった。

そんなこともあり、子供の頃から嫌いだったラジオ体操に対する印象は、大人になっても微妙なままだ。朝が早いし、なんとなく全体主義感があるし、朝が早いし。なにより朝が早いし。

この本の著者も、最初はそんな気持ちでラジオ体操を見ていた。全体主義の軍国趣味だと。

だが、実際に調べ始めてみると、どうやらそんな単純なものではないぞと気がつく。丁寧に丹念に取材してみると、誰もが知っているようで、実は何も知らなかった奥深い話が沢山出てくる。結果として、ラジオ体操を通して昭和史をたどる旅に出てしまう素晴らしいノンフィクション本に仕上がってしまった。

あまりにもちゃんと調べて書いているので、途中から正座して読んだほどだ。そして、足が疲れるとラジオ体操をした。ラジオ体操第3もした。子どもたちともした。面白い。ラジオ体操人(びと)達の生態というか、生き様も素晴らしくて面白い。この本、超面白い。

この本を読めばあらゆる方向からラジオ体操を語れるようになる。ラジオ体操人の正装である全身白のユニホーム、Vネックに入るカラーは、なんと美智子皇后のテニスウェアがモチーフ! とか令和っぽいネタも。ちょっと遅いか。

まあ、とにかく読んでみて。

「それって有意義だねぇ」と言われるような事につかいます。