見出し画像

東大ら、半導体製造プロセスの現像前超高速検査技術を開発 :注目ニュース✨

発表日:2024年8月30日

本記事では、東京大学の研究チームが開発した革新的な半導体製造検査技術について解説します。レーザー励起光電子顕微鏡(Laser-PEEM)を用いたこの新技術は、半導体製造プロセスにおける潜像の高速観察を可能にし、従来の検査技術と比較して驚異的なスループットを実現しました。

この技術は、半導体製造の効率化と品質向上に大きく貢献すると期待されており、産業界に大きな影響を与える可能性を秘めています。

典型的な半導体プロセスと、本研究で初めて成功したレーザー励起光電子顕微鏡(Laser-PEEM)による回路パターン検査の特徴(引用元:https://www.issp.u-tokyo.ac.jp/maincontents/news2.html?pid=24183)

1. 半導体産業の背景と課題

半導体産業は、私たちの日常生活を支える重要な基盤技術として、急速な発展を遂げてきました。その発展を象徴するのが「ムーアの法則」です。この法則は、半導体チップ上のトランジスタ数が約18ヶ月ごとに2倍になるという経験則を示しており、長年にわたり半導体技術の進歩を予測する指標となってきました。

この驚異的な成長を支えてきた最も重要な技術の一つがリソグラフィ技術です。リソグラフィとは、半導体製造において回路パターンを基板上に転写する技術のことを指します。現在、最先端の極端紫外線(EUV)リソグラフィを用いることで、10ナノメートル以下という極めて微細な加工が可能になりつつあります。

リソグラフィの詳細については、こちらの記事で詳しく説明しているので、良ければ読んでみて下さい👇

しかし、トランジスタの微細化が進むにつれ、新たな課題が浮上してきました。それは、このような微細なトランジスタの性能を維持するために、トランジスタ構造がますます複雑化しているという点です。そのため、設計通りの構造を低コストで量産することが、半導体分野においてより一層重要な課題となっています。

2. 従来の検査技術の限界

この課題に対応するため、より高度な顕微検査技術が求められるようになりました。従来の検査技術では、いくつかの問題点がありました。

  • 走査型電子顕微鏡(SEM):主に試料表面の凹凸の形状を検査することができますが、露光後に形成される潜像を直接観察することができません。現像プロセスを経たレジストを検査に用いる必要がありました。

  • 原子間力顕微鏡(AFM):微細な潜像を可視化することに成功していますが、SEMでの検査と比較して100倍以上の時間がかかることが大きな課題となっていました。そのため、実用化に向けた検討はあまり進んでいませんでした。

3. Laser-PEEMの開発と特徴

このような背景の中、東京大学物性研究所の研究チームが画期的な新技術を開発しました。それがレーザー励起光電子顕微鏡(Laser-PEEM)を用いた高速潜像観察技術です。

ちなみにレーザーとは、人工的に作り出された単色光を増幅させて放射する仕組みです。こちらの記事で詳しく説明しているので、良ければ読んでみて下さい👇

Laser-PEEMは、2015年に東京大学物性研究所が開発した世界最高解像度の電子顕微鏡です。

この顕微鏡の最大の特徴は、固体の化学的性質を支配している電子を選択的に観察できる点にあります。

そのため、物質の化学的な不均一性を可視化することを得意としています。

Laser-PEEMの優れた特性は、以下の3点に集約されます:

  1. 高い化学敏感性:従来の検査装置では観察が困難だった化学的なパターンや不均一性を可視化することができます。

  2. 高解像度:3ナノメートル以下という極めて高い空間分解能を実現しています。

  3. 高スループット:従来のSEMと比較して、1万倍以上のスピードで観察が可能になりました。

潜像検査を試みられてきた従来手法(AFM)とLaser-PEEMの比較(引用元:https://www.issp.u-tokyo.ac.jp/maincontents/news2.html?pid=24183)

4. 技術的課題の克服

Laser-PEEMにも課題がありました。それは、解像度を向上させるにはスループット(処理能力)を下げなければならないというトレードオフの関係です。

研究チームは、この課題を解決するために連続波レーザーという光源を用いることで、解像度とスループットのトレードオフを打破することに成功しました。その結果、わずか0.1秒という短い測定時間で2.6ナノメートルという世界最高の解像度を達成しました。

5. 実証実験と成果

研究チームは、Laser-PEEMを用いた潜像観察の実証実験を行いました。500ナノメートルの線幅で描画された潜像試料を作製し、これをLaser-PEEMで観察しました。

その結果、描画した潜像パターンを明瞭に可視化することに成功しました。さらに、現像後のレジストも観察し、レジストパターンを高いコントラストで観察できることを実証しました。

この実験で見積もられたLaser-PEEMによる潜像観察のスループットは、AFMの80倍以上、現像後のレジストパターンに対してはSEMの1.5倍以上を達成しました。さらに、レーザー出力やスポットサイズを最適化することで、AFMの100万倍以上、SEMの1万倍以上のスループットが実現可能であることが示されました。

Laser-PEEMによって観察された潜像とレジストパターン。電子線描画によって形成された潜像は暗い領域として観測されました(中下)。現像後には、レジストが除去された基板露出領域が暗い領域として観測されました(右下)。(引用元:https://www.issp.u-tokyo.ac.jp/maincontents/news2.html?pid=24183)

6. 技術の応用と将来展望

Laser-PEEMを用いた潜像観察技術の最大の利点は、露光によって化学的な変化を伴うあらゆるレジストに対して適用可能な点です。これには、最先端半導体製造の主流になると言われるHNA型EUVリソグラフィ用レジストでの検査も含まれます。

この新技術が実際に半導体製造プロセスに応用されることで、様々な利点が期待されています:

  1. 検査プロセスの大幅な短縮化

  2. 製造時間の短縮とコスト削減

  3. リソグラフィ技術開発プロセスの効率化

  4. パターン欠陥形成プロセスの迅速な同定

研究グループは、Laser-PEEMの可能性をさらに広げようとしています。

潜像の可視化に限らず、さまざまな活用法が模索されており、透過型電子顕微鏡(TEM)、SEMに続く第三の電子顕微鏡としての地位を確立することを目指しています。研究分野だけでなく、産業分野でも幅広く普及することが期待されています。

Laser-PEEMによる潜像観察技術を用いることで可能となる新たなリソグラフィ技術開発プロセス。典型的なリソグラフィ技術開発プロセスでは現像するまでパターンを検査できず、さらにパターンに欠陥が形成されるプロセス(露光か現像)を同定できません。それゆえ、手探りでフィードバックをかける必要があります。本研究で開発された潜像観察技術を使えば、現像を待たずしてパターンを検査でき、かつパターンの欠陥が形成されるプロセスを同定できるため処理条件の最適化プロセスを効率化できます。(引用元:https://www.issp.u-tokyo.ac.jp/maincontents/news2.html?pid=24183)

まとめ

東京大学の研究チームが開発したLaser-PEEMを用いた新しい半導体検査技術は、半導体製造プロセスに革命をもたらす可能性を秘めています。

世界最高速で潜像を可視化し、従来技術の数万倍のスループットを実現したこの技術は、半導体製造の効率化と品質向上に大きく貢献すると期待されています。

さらに、幅広い応用が見込まれることから、第三の電子顕微鏡としての普及も視野に入れています。この技術の今後の発展と実用化が、半導体産業の更なる進化を後押しすることは間違いないでしょう。

専門用語解説

  • リソグラフィ:半導体製造において回路パターンを基板上に転写する技術。微細な電子回路を形成する上で不可欠なプロセスです。

  • 潜像:露光後、現像前のレジスト中に形成される目に見えない化学的パターン。この段階での検査が可能になれば、製造プロセスの効率化が図れます。

  • Laser-PEEM:レーザー励起光電子顕微鏡。固体の電子状態を高解像度で観察できる顕微鏡で、化学的な変化を敏感に検出できます。

  • SEM:走査型電子顕微鏡。試料表面の形状を観察する電子顕微鏡の一種で、半導体製造プロセスの検査に広く使用されています。

  • AFM:原子間力顕微鏡。試料表面の凹凸を原子レベルで観察できる顕微鏡。高解像度ですが、観察に時間がかかるという欠点があります。

  • HNA型EUVリソグラフィ:高開口数(High-NA)のEUV光学系を用いた次世代リソグラフィ技術。より微細な回路パターンの形成が可能になります。

#半導体 #リソグラフィ #Laser-PEEM #潜像検査 #微細加工

参考文献


おすすめ記事


よろしければサポートもよろしくお願いいたします.頂いたサポートは主に今後の書評執筆用のために使わせていただきます!