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「申請書にご記入の上、期限までにご持参下さい」は、実は失礼な言い方?

「やさしい日本語」の登場

〔庵功雄・編著「『やさしい日本語』表現事典」丸善出版〕

「日本にいる、外国に縁のある人(日本語を母語としない人、日本語を使いこなすことに課題のある人)とも、彼女たち/彼らにわかる日本語で話しましょう」というのが、最近流行りの「やさしい日本語」という考え方である。「日本におるんやから、外国人でも日本語を使わんかい!」と、以前僕が半ば冗談で(ということは、半ば本気で)言っていたのとは、結構意味が違うことは言うまでもない。「やさしい」とひらがなで書くのは、「易しい」と「優しい」の両方の意味を持つからである。

「やさ日」との出会い

僕が「やさしい日本語」に興味を持ったきっかけの1つは、何年か前に臨時職員として勤めていた、市役所の障害福祉課での出来事である。外国につながりのある市民が窓口にやって来て、先輩の説明に「よくわからない」と言いたげに首をかしげていた。すると先輩はもう一度同じ言葉を続ける。

「あのね、この申請書にご記入の上、期限までにご持参いただきたいんですよ」

先輩、「申請書」「記入」「期限」「ご持参いただく」の意味が、たぶんその人、わからんのですよ。例えば「この紙に書いて、何月何日までに持って来て下さい」とか、言い換えてみたら、わかってくれはるかも知れませんよ。そのときは実際にお客さんに応対していたのは先輩だったので特に口出しはしなかったが、その頃以降、災害時の報道や、電車の車内アナウンス(特に事故などでなかなか前に進まないようなとき)などに、「これを観て/聴いて、外国に縁のある人たちは意味を理解してるんやろか……」といちいち気にするようになってしまった。

本は世話好きを救う

そういう悩み多き(いらん世話好き、とも言う)人間のための、画期的な文例集が出ました! 「文を短くする」「主語を明らかにする」「敬語を使わない」「受身を使わない」「漢語よりもやまとことばを使う」などの原則の説明と共に、各場面に即した言い換え・書き換えの例がそれぞれ約40ずつ載せてある。実生活で「やさ日」を必要とする場面は僕にはまだまだ少ないが、これからいくらでも使えそうだ。

惜しいっ!

ただそれだけに、この本では「やさ日原則」として特に触れられてはいないが、書き換え文例の中でどうしても気になったことが2つあったことは記しておきたい。1つは「~」の記号の使い方である。この記号を「から」と読み、その左側が始まりで右側が終わりなのは日本独特の表現で、「午後1時~3時」も「1~3年生」も同じ感じで日本人にはわかるが、日本文化以外を母文化にしている人にはどうなのか疑問である。したがって、文章編の「学校諸経費納入のお願い」(pp. 164-165) にある書き換え例「1~3年生」「4~6年生」は「1, 2, 3年生」「4, 5, 6年生」(または十分な場所があれば「1年生、2年生、3年生」……)とすべきであろう。

もう1つは、書き換え文例で躊躇なく「単語の途中で改行されている」点である。「単語ごとに分けて書かない」ことと「単語の途中でも改行される」ことは日本語の特徴だ。単語ごと、または文節ごとの分かち書きをしていたらえらいスペースが要ることもあってやる必要はないとしても(……と言うより、僕ら日本語母語話者でさえどこが文節の切れ目かわからない)、単語途中での改行は、実は僕は、日本語母語話者向けの文書を作るときでさえもなるべくやらないことなのだ(ただしネットに書き込むときは、画面幅によって1行の文字数が変わるのでここは意識しない)。そんな僕からすると、日本語を母語としない人たちに対しては、せめて単語を途中で切らずに改行するのが「やさしさ」なんとちゃうのん?と考えるのだが、いかがだろうか。

「ここに書いて、早よ持って来てんか」も「あかん」という話

最後に、本とは関係はないが「やさ日」についての余談を1つ。ネット上で以前見つけた、兵庫県のどこだかの機関が作ったパンフレットに、「やさ日」の原則の1つとして「『知っとお、やっとお』などの方言は避ける」とあった。「やさ日」を意識する以前から、僕が日本語を教える際に大阪弁イントネーションで話さないよう意識していたのと期せずして一致したことに、思わず知らずニヤリとした一瞬だった。

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