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訪問医療マッサージ集客の極意ー症状を理解することが地域連携の一歩

Step1 認知症を理解する

さて、皆さんは、医療や介護業界者なら、全員豊富な知識があると思いますか。以前、私は老人ホーム紹介センター事業を担っている会社の「入居相談員」を採用するという人材支援を行いました。3カ月間で20人近くの応募者があり、業界経験者、営業経験者、未経験者などいろいろな方がいました。この中で目立っていたのは、福祉用具レンタル会社出身の経験者の方たちでした。

人を採用するときのポイントは、今必要としている仕事(つまり役割)を明確にしてそれを担えるかどうかということ。この部分が採用基準の本質であり、年齢に左右されるべきではありません。即戦力がほしければ自ずと経験者に絞られ、育てることができるなら若く未経験でも問題ありません。今回の採用は、どちらかというと即戦力に絞って選定していきました。しかし、ここで重要なポイントがあります。老人ホーム紹介業の入居相談員となれば、介護の知識、医療の知識、そして何よりも現場経験が重要となります。

先の福祉用具レンタル会社の経験者であれば、特に経験年数が10年以上ともなれば、見るべきポイントは「介護や医療についてどの程度理解しているか」ということです。私は面接時、「最低限理解していてほしいこと」として三大認知症について質問します。しかし、残念ながら福祉用具レンタル経験者のベテラン全員が答えられなかったのです。

皆さんはいかがでしょうか。今この瞬間、日本の三大認知症について答えることはできますか。訪問医療マッサージの営業担当や施術担当として働く場合、確実に多くの認知症患者さんとかかわるので、ぜひ覚えておいてください。前提として、認知症というのは“脳の病気”だということです。見た目にはわからないですが、脳は病気に侵されています。ですから初めて認知症患者さんと接する方は、「何度も同じことをいって変だな。何か変なこといっているな」と感じることが多々あります。

私が「木下の介護」で入居相談員をしていた5年数カ月で、1,200人以上のご家族や要介護者・要支援者の方と面談をしてきました。一時的に認知症を持つ要介護者・要支援者とかかわる場合、あるいは老人ホームの職員として給与をもらいながらお世話する人の場合は、仕事として割り切れるので認知症患者本人やご家族のように苦労することはありません。

例え介護職として働いている人でも、一緒に住んでいるご家族が認知症になれば、日々同じ言動の繰り返しとストレスによる精神不安定から、虐待に発展することも少なくありません。2018年(平成30年)度の厚生労働省の調査結果によりますと、親族や家族による高齢者への虐待件数は約1万7,000件で通報または相談レベルであれば約3万20,00件です。そして介護施設職員による虐待は約620件で通報または相談レベルで約21,00件です。

私たちは、訪問医療マッサージの経営者あるいは職員として、高齢者が増加することの認知症リスクや介護リスクによる虐待がこれだけある事実をしっかりと知らなければなりません。私たちは、日々の訪問の中で利用者さん宅においてもしも虐待の兆候があれば、すぐに担当ケアマネジャーや地域包括支援センターに相談しなければなりません。これは情報として伝える必要があるのです。ただ患者さんを施術するだけではなく、地域が一体となって一人の患者さんを見守る仕組みづくりに必要なのが地域連携なのです。

ところで、皆さんは認知症が何種類あってどういった症状なのか知っていますか。認知症の種類は大まかに五つのカテゴリーに分けられます。①アルツハイマー型認知症 ②レビー小体型認知症 ③脳血管性認知症 ④前頭側頭型認知症 ⑤うつ です。これからこの五つについて、訪問医療マッサージの施術者や営業担当者として実際の現場で活かせるレベルとして、説明します。⑤については認知症ではありませんが、認知症と似た症状があり、よく間違えられるので追加しています。

ここからの説明は、私がこれまで関わってきた実体験に基づいた私見であることをご了承ください。私たちは、精神科医のようにすべてを知っておく必要はありませんが、ケアマネジャーや地域包括支援センターの相談員とカンファレンスで対等に話ができる程度には、知っておく必要があります。

①アルツハイマー型認知症

1906年にアルツハイマー博士という人物が、精神疾患が原因で死亡した女性の脳組織の変化に気づき発見し名付けたのが「アルツハイマー型認知症」です。アルツハイマー型認知症のメイン症状は“記憶障害”です。またこの病気は、認知症患者全体の約50%を占めていることから最も多い認知症の病気です。私は以前、「木下の介護」で入居相談員をしていたとき、順天堂大学 東京江東高齢者医療センターの認知症勉強会に参加したことがあり、質疑応答の時間で精神科医に質問したことがあります。質問はこうです。「アルツハイマー認知症になることで寿命を縮めることがあるのか」。

さて、皆さんはどう思いますか。回答はこうでした。「それはない。認知症が直接寿命を縮めることはなく、認知症による記憶障害等により食生活のバランスを崩し、過食や栄養失調、不摂生な生活が原因で誤嚥性肺炎や感染症、転倒による骨折から寝たきり等で結果的にそう見えるだけである」と。つまり認知症自体は、直接的に命に影響を与える病気ではないということがわかります。アルツハイマー型認知症の主な症状は記憶障害です。食べ物の区別がつかなくなり、食べてはいけないものを口にしたり、一切何も食べなくなったりします。「お風呂に入った」という間違った記憶にすり替わり、徐々に体調悪化となるのです。記憶障害といっても、発症後の進行具合は人それぞれです。ここでは、私が「木下の介護」で経験したもっとも過酷で強烈なアルツハイマー型認知症のケースを話します。

【CASE1】元軍隊のおじいさん

私が入社してまだ数カ月のことです。ようやく仕事にも慣れてきたころ、居宅介護支援事業所のあまり仲よくない担当ケアマネジャーから、神奈川県川崎市の80代男性と70代女性の夫婦二人暮らしの相談をもらいました。夫の認知症が激しすぎて、急遽老人ホームを探しているとのことでした。

相談を受けて次の日に、夫婦のご自宅に話を聞きに行きました。今まで見たことがないほど、手造り感のある古い家がそうでした。お世辞にもきれいとはいえない家で、雨が降れば雨漏りし、風が吹けば屋根が飛んでしまいそうです。聞けば認知症である夫が、若いときに自分自身で建てた夫婦にとっては思い出のある大切な家だとのことです。ケアマネジャーも同席した中でヒアリングをすると、実はたびたび警察沙汰になっていたようです。
 認知症である夫の見た目は、健常者の男性と変わらず、外見だけでは全く判断ができません。話すだけであれば、性格の良さそうなおじいさんです。警察に通報したのは、同居の奥さんです。通報した理由は、夫からの暴力でした。それだけなら夫婦喧嘩かDVかなと思いましたが、実際はアルツハイマー型認知症の症状が悪化し同居する奥さんのことを完全に忘れてしまい、自分が建てた家に他人がいると思い込んでしまっての行動だったようです。見知らぬ他人が家にいれば、誰でも追い出そうとしますよね。追い出す方法として夫が選んだ選択肢が、妻の腹部を殴ることでした。これが何度も続き、何度も警察沙汰になりますが、残念ながらその警察官に介護や認知症の知識がなく解決に至らなかったようです。

この緊急事態に対応するために、「木下の介護」が運営する施設の中でも重度認知症の対応に慣れている施設長、介護職員が多い施設を案内し入居しました。入居後の7日間は問題なく落ち着ついて生活していましたが、8日目から職員の腹部への殴打を繰り返し問題となりました。最初の7日間は他人の家にいるということをなんとなく認識できていたので、大きな問題もなく生活していましたが、記憶障害により施設が自分の家だと誤認識したことで、再度他人が自分の家にいると思い込んでしまったようです。
 このおじいさんは、若いころ軍隊にいらしたようで、施設入居後はたまに英語を話すなど職員も驚いていました。腹部を殴打するのは軍隊時代のなごりかもしれません。その後、精神科で服薬調整をしたことで、通常の施設生活を送ることができるようになりましたが、私の記憶では1年の施設生活を経て、その後入院し亡くなってしまいました。

服薬調整は相当難しく、認知症に効く万能薬など存在しないのが現実です。アルツハイマー型認知症は、記憶障害であると前述しましたが、重度症状では自分の奥さんの顔が認識できなくなるだけではなく、食べ物かどうかの判断もできなくなります。排泄物を食べてしまうという話も聞いたことがあると思います。自分がお風呂に入ったかどうかも忘れてしまい「さっき入ったよ」というと喧嘩になるため、同居の家族が何もいわなくなると気づけば2年間も風呂に入らずに仙人化しているなどということが起こるのです。
 私はこれまでに仙人化した高齢者を十人以上、施設に案内しました。そこで私なりに仙人化してしまう理由を考えてみたのです。まず認知症は徐々に進行していきます。脳の変化でいうならば、脳のMRI写真を見たことがある人なら想像ができると思いますが、脳みそ全体が小さくなっているのです。記憶をつかさどる海馬(かいば)という部分も委縮するので、新しく何かを覚えることができなくなります。

イメージできるようにお伝えすると、例えば、あなたが水を入れるために新品のバケツを購入したとします。この新品のバケツが、若い人の脳みそだとしましょう。記憶という水をホースで入れていきますが70代を超えたあたりで水があふれてきました。物事が覚えられなくなっているということです。またバケツも劣化しますから、見た目にはわからなくても傷つき穴が開きそうになっています。新しいことが覚えられなくなるのは、認知症ではなく加齢によるものです。水があふれるのは必然ですね。

人により異なりますが年齢を重ねると、あるタイミングで脳の萎縮=バケツに穴が開きました。バケツの中の水(記憶)は下が古い記憶、上が新しい記憶です。脳の萎縮、つまりバケツの穴は、真ん中や下の部分にあります。すると、新しい記憶や古い記憶の水が上だけではなく下からも漏れだしてきます。さらに時間が経過すると、バケツの底には大きな穴が開いてしまいます。ホースからの水(記憶)もあふれることなく、また満たされることもなく、そのまま流れてしまいます。このバケツの状態が、重度のアルツハイマー型認知症なのです。古い記憶=自分の家族や食べ物の認識がなくなってしまうのです。バケツの底に穴があることで短期の記憶はもちろんのこと、昔の思い出までなくなってしまうのです。

アルツハイマー型認知症かどうかは、5分前に話したことを忘れてしまうことや食事をしたこと自体を忘れてしまうなどで容易に判断ができます。人は皆、認知症であろうがなかろうが自尊心やプライドがあります。悲しいことに、徐々に自分の物忘れが進行していくことを自覚しながらも、それを家族や友人に話すことができないのです。自分で気づくというよりも、家族や友人に物忘れを指摘され、あからさまに周りの態度に変化があったとき、そこはもう自分の居場所ではなくなり、家であろうとも殻に閉じこもってしまい寂しさが募り、徐々に浸食していくのです。ここからはもう孤独との戦いなのです。いかに周りの理解が必要か理解してもらえたでしょうか。

②レビー小体型認知症

この認知症は、アルツハイマー型認知症が全体の約50%を占める中で、全体の20%になります。アルツハイマー型認知症と合わせると全体の70%になるわけです。認知症発症者のほとんどがこのどちらかの症状になります。レビー小体型認知症の原因は、中枢神経系の一部や自律神経系にレビー小体という異常な物質が多く現れ、運動機能や認知機能に障害をもたらします。私の経験上、特徴としては人それぞれありつつも、判断できる材料としては四つあります。

まず記憶力の低下です。これには波があり、はっきりしているときとそうでないときがあるため、認知症なのかどうかの判断が難しい場合があります。またアルツハイマー型認知症と異なり、私の感覚として短期の記憶はしっかりあるように思えます。1週間前に話した約束などもしっかり覚えていた方もいました。二つめの特徴は、パーキンソン病の特徴である手足の震えがあるということです。お笑いを目的としたコントなどでおばあさんを表現するとき、手を震わせながらよちよち歩く真似をしたりする場面をテレビで観たことがあると思いますが、手が震えるのは意識的ではなく、無意識的に震えてしまうのです。
手だけではなく、首が横に震えるなどの症状もありました。

三つめは、これもパーキンソン病の特徴でもある小刻み歩行です。筋肉が拘縮してしまい、歩き始める時の一歩がでなくなってしまうので転倒することも多く、歩行には注意が必要です。車いすを使いたくなる気持ちもわかりますが、歩かなければ徐々に進行してしまいますので、なるべく福祉用具を利用し支え歩きをするほうがよいと思います。

四つ目は幻覚・幻聴です。これもパーキンソン病の特徴なのですが、よく訴えられるのが、小さな動物が家の中にいる、虫がたくさん見える、(本当はいないのに)人がいる、声が聞こえるなどです。私の祖母はレビー小体型認知症で一人暮らしでしたが、孫の私が行ってもいないのに「家に来た」とか、電話もしていないのに「昨日話した」などの症状が多かったのを覚えています。私の勝手な考えですが、独居という寂しさが幻覚や幻聴を引き起こしてしまう環境要因なのかもしれません。CASE2では、もう少し具体的に事例をお話したいと思います。

【CASE2】ティッシュでラーメンを食べるおじいさん

私が「木下の介護」で入居相談員として勤務して3年目になるころです。確か寒い冬だったと思いますが、いつものようにラーメンを食べたくなり千葉県船橋市にラーメンを食べにいきました。私はいつも昼時を外して14時以降に食べに行くことが多いので、他のお客さんは数人いる程度でした。私が店に入りテーブルに座ると、いきなり驚きの光景が目に飛び込んできました。カウンターに座っているおじいさんが、箸を使わずにティッシュでラーメンを食べていたのです。想像できないかもしれませんが、ティッシュをスープに入れて混ぜているようにも見えました。見た目は普通の高齢者です。80代くらいに見えました。冬に適した服装で、ニットの帽子も似合っていました。

今思えば、ティッシュが箸に見えていたのかもしれませんし、もしかしたらティッシュをラーメンだと思って食べていたのかもしれません。お会計になって店員さんが「もうお金はもらったから大丈夫」といっているにもかかわらず、支払いを続けようとするおじいさん。この時点でなんらかの認知症状があると判断できました。店員さんが困り果てていたのもあり、私が認知症疑いのおじいさんを外に連れて話を聞くことにしました。手の震えがあり歩行は小刻み、この時点でレビー小体型認知症の可能性を疑いました。そこでいくつか質問をしました。「どこから来たの? 家はどこ?」「お名前は?」。住所は「○○市△△町」回答できたのですが、私が知る限り○○市に△△町は存在せず、△△町という町名はとなりの市にならあります。認知症の可能性が高まったので、さらに質問を続けました。結果は、受け答えははっきりしているけれども、内容がチグハグです。

そして聞かれた質問に自分が答えられないこと、つまり覚えていないことをごまかすように、上手に受け答えをしようとするのです。私の知るレビー小体型認知症とは少し違った症状だったので、断定はできませんでしたが、すぐに警察に通報しておじいさんを保護してもらいました。実はそこから5駅ほど離れたところにお住まいの方で、前日から行方不明になっており捜索願が出されていたそうです。この話は、その後にあるケアマネジャーを訪問した際に、このラーメン事件を話題にて発覚したものです。このときは私の憶測で、おじいさんの認知症をレビー小体型と判断し行動しましたが、医療や介護の仕事にかかわっていない人からすると、ラーメン店の店員さんのように、まず認知症を疑うことすらなく、ただの変わった高齢者としか思われないのです。

私はケアマネジャーでもなく、地域包括支援センターの相談員でもありませんが、高齢者が介護申請した際の介護区分は、ほぼ100%的中させることができます。日々の意識の問題です。日々、どれだけ高齢者を観察して接しているかが大切なのです。訪問医療マッサージの施術者であっても、有料老人ホームの入居相談員であっても、常に高みをめざすことを意識していれば、必要なスキルは身についてきます。アルツハイマー認知症とレビー小体型認知症を見分けるには少し経験が必要かと思いますが、ぜひスキルを磨いていただきたいです。ただの訪問医療マッサージの施術者で終わらず、地域の医療機関の相談員、ケアマネジャーと対等に話ができれば、競合他社よりも大きな1歩を前進することができます。

③脳血管性認知症

脳血管性認知症は、アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症に続く三大認知症の最後の一つです。全体の認知症の中でも15%と3番目に多くなっています。脳血管性認知症の原因には、脳の血管が破裂して出血する脳出血や、血栓が脳血管につまり血液が流れなくなる脳梗塞があります。脳内出血や血液の流れが滞る脳梗塞により、脳細胞に障害が起きてしまうのです。男性に多いのが特徴で記憶障害や運動機能障害、幻覚・幻聴なども現れます。一見、アルツハイマー型認知症かなと思っても、しっかりと会話が成立することもあり判断つかないこともあります。またそれだけではなく、脳の中の言語にかかわる部位が損傷することで「聞く・話す・読む・書く」などができなくなるのも症状の一つです。ここでまたケースをご紹介します。

【CASE3】すっかり回復した50代男性

この事例は、都内にある200床ほどのリハビリテーション病院に入院している50代男性の有料老人ホームへの入居の相談でした。この男性は道を歩いてるとき、不幸にも後ろから車に追突されて救急搬送され、脳梗塞から脳血管認知症になり、主に話すことが難しくなった失語症と日常生活における動作が難しくなる失行という運動機能機能障害を抱えることになってしまいました。入院当初は、症状から怒りやすく看護師さんに暴言を吐くことなども多かったとのことですが、ちょうど3カ月くらいたったころからリハビリを開始し、心身ともに落ち着いてきたとのことでした。病院のソーシャルワーカーより、まだ若いし回復できる見込みも高いということから、一時的に有料老人ホームを活用し、6カ月後には自宅へ帰宅させる予定があると綿密な計画が用意されていました。

幸いにも事故による損害賠償保険により費用が賄えることや、身元引受となる家族もいることから、介護困難とは違ったケースを経験することができました。私が病院でご本人と話をしたときは、すでにある程度の動作レベルや会話レベルなども回復しており、コミュニケーションを図ることが困難ではありませんでした。ただし、まだスムーズな会話や意思疎通ができるほどではないので、筆談を中心に会話を行いました。自由に言葉で意思疎通ができないことが、ご本人のストレスを爆発させてしまうのは仕方ありません。未婚ですが大手企業の会社役員であり、資産も潤沢にあることから老人ホーム選びには困りませんでした。最終的にはリハビリ病院に近く、そしてキーパーソンである兄弟の家にも近い都内の施設に入居しました。

入居から6カ月経過したときには箸も使えるようになり、失語症があったことがわからない程スムーズな会話をしていました。歩行することは、まだまだ難しいかったのですが、施設内と自分の部屋を車いすで自由に走ることができている時点で、高齢者だらけのこの施設に住み続けることは本人にとって退屈そのもののようでした。リハビリも順調に進み、ちょうど1年で退去したことを覚えています。
有料老人ホームはある意味、使い方次第だということがわかったケースでした。ただ難しいのは、高齢者と同じような疾患や障害を抱えているにもかかわらず年齢が若すぎる場合、有料老人ホームで日常会話ができる人や同年代がいないとなれば、若すぎる方には窮屈かもしれません。年齢と疾患がイコールでないとき、入居相談員としてどのようにコーディネートするのか真価が問われます。

④前頭側頭型認知症

前頭側頭葉変性症は50~60代を中心に発症します。大脳の中の「人格や社会性」などにかかわる「前頭葉」や「記憶や聴覚」などを司る「側頭葉」が委縮し、「社会性の欠如」や「自発性の低下」「抑制が効かない」などほかの認知症ではあまり見られない特徴的な症状が現れます。この前頭側頭葉変性症の中で、脳の神経細胞にピック球が見られるものを「ピック病」といいます。主に「初老期」に発症します。脳の前頭と後頭が委縮してしまった結果、人が普段やらないような異常な行動をするようになります。マナーや社会常識が欠如してしまい、それが悪い事であるという認識ができなくなり、自分の思うままに行動した結果、万引きや暴言などの問題行動も見られます。認知症全体の中でも数%程度なのですが、実はこの数%の事例もこれまでも入居相談員の中で経験しているので、少し皆さんにお話ししたいと思います。

【CASE4】元警察官の脱走劇は特撮映画並み

今までの数ある経験の中でも前頭側頭型認知症は、たった1件しかありませんでした。都内の地域包括支援センターの相談員さんから、緊急で当日から施設を利用したいというお問い合わせでした。70代のご夫婦で、タワータワーマンションにお住まいでした。夫の異常行動が原因で、ご同居の奥さんが疲れ果ててしまったというご相談です。
 この男性は元警察官で、警察官を定年まで勤めた後、総合病院の警備員として仕事をしていたそうです。話によると警備の仕事中にも異常行動が見られ、自ら退職したというより退職させられたようでした。元警察官らしく背筋の伸びた姿は凛々しく、ゆったりと歩く様は品があって、とても異常行動をするような人には見えません。会話や意思の疎通も問題がなく、受け答えもしっかりしています。面談した結果、そこまでの異常行動はなく本当に施設が必要なのかわかりませんでしたが、相談の2日後に都内の介護付有料老人ホームに入居となりました。

最初の1週間は問題なく生活していたのですが、8日日、施設の生活相談員から私のスマホに連絡が入りました。「先週入居した○○さんが、窓から脱走しました」。私は本当に驚きました。窓からの脱走と聞いて意味がわらなかったのです。窓には鍵がかかっていますし、入居している部屋は3階です。1階の入り口は自由に出入りができないようになっているので、簡単に施設から出ることはできないはずでした。

施設の職員は、3時間ごとに入居者の部屋を見回ります。脱走したのは早朝だったそうで、発見した職員によると窓の鍵を壊し、3階から布のカーテンとレースのカーテン、そしてベットシーツを結んでロープを作って脱走したのだそうです。歩くこともゆっくりだった70代のおじいさんが3階から脱走です。さすが元警察官と感心せずにはいられませんでした。脱走劇の結末は無事に発見されましたが、その後もまだまだ異常行動は止まりません。3階の部屋では窓から出てしまうので、より厳重に鍵がかかる2階の部屋に移動となりました。そこでは服をすべて脱ぎ捨てて、裸で歩き回っていました。扉や部屋の家具はすべて破壊されてしまいました。最終的には、奥さんの希望で6カ月ほどで退去し自宅に帰ることになりました。多少心配ではありましたが、変わり果てた配偶者を見続けるのは辛かったのだと思います。やはり夫婦は一緒にいることが一番なのかもしれません。介護付き有料老人ホームは生涯住む場所であると思われていますが、これは全く違います。

老人ホームは「一生涯住むこともできる施設」です。選択権があるということです。死ぬまで住むか、途中で自宅に帰るか選べるのです。有料老人ホームの平均入居年数は約5年ですから、亡くなる方や入院する方もいますが、やはり途中で退去する方も多いのです。施設は、一時的に利用するということも十分考えられる方法です。人にはさまざまな人生のストーリーがありますが。訪問医療マッサージとして自宅訪問するとき、ご家族や患者さんの何気ない話に、ぜひ耳を傾けてください。

⑤うつ病

「うつ病」はもちろん認知症ではありません。しかし認知症と一緒にされやすいのが、この「うつ病」なのです。気分障害の一つで、食欲減、寝不足、落ち込む、疲れやすいなどさまざまな症状があります。年齢に関係なく誰にも起こります。私は専門家ではありませんので、ここで治療法を説明することはできませんが、唯一経験したワーストケースを皆さんにお伝えしたいと思います。

このケースは、私がこれまで接してきた高齢者事例の中でもっとも悲惨なものでした。老人ホームの入居相談員をしていると、本当にさまざまな状態の高齢者と出会います。うつ病の場合、本当に認知症と区別ができない症状のことがあるのです。私が支援したのは、長女と二人暮らしの70代女性でした。長女は仕事で忙しく、うつ病の母親の面倒を見ることに疲れ果てていました。患者本人は、常にベッド上で生活をしており体重は30kgしかありません。立ち上がることができないので、移動するときは赤ちゃんのようにハイハイして、何とか時間をかけてトイレに行くような状況です。トイレ以外では、一人ではベッドから動こうともしなかったようです。

今回老人ホームを利用する理由は、もっぱら長女の「レスパイト」です。レスパイトとは介護をしている人が一定期間休むことをいいます。2週間の「体験入居」を利用して、問題がなければそのまま入居することも検討していました。平日最後の金曜日に荷物をまとめ、無事に施設の2階へ入居しました。私は念のため家族である長女の目の前で窓の鍵を2重にロックして、安全性を確認しました。無事に入居したことに長女もそして担当ケアマネジャーも一安心しました。これで長女も、仕事を継続することができるとほっとしたようでした。

しかし、次の日の土曜日の朝7時半。施設長から私の携帯に連絡があったのです。「あんたのお客さん、窓から飛び降りたよ!」。頭の中は真っ白です。どうしていいかわかりませんでしたが、準備してすぐに施設へ向かいました。飛び降りたとみられる2階の部屋の下の駐車場には血だまりができており、警察も来ていました。私はこのとき、初めて入居相談という仕事の責任や人の命の重み、そしてうつ病の怖さを痛感しました。ご家族の目の前で二重にカギをかけていたこともあり、ご家族からは今回は仕方なかったとの言葉をいただきました。けれど私はご家族とご本人に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。ご遺体の発見者となった職員さんも本当にショックだったと思います。トラウマで夜勤ができなくなったと聞きました。

私はこの経験から、何よりも怖い病気はうつ病であると感じました。認知症は記憶障害により鍵のかけ方などを忘れてしまうのですが、うつ病はすべて理解しており通常の人と同じなのです。ここぞというときには窓の鍵を壊して、そしてほぼ寝たきりの状態の70代の女性でも重い椅子をベランダまで運び、そこに上ることができるのです。そういえば昔、ある施設長からいわれたことを思い出しました。うつ病が怖いのはこのテレビの電気コードや布団のシーツですら自殺の道具となるということ。また都内のある精神科病院では自傷行為ができないように部屋の中には一切の家具はなく、布団だけが置いてあったのを覚えています。うつ病の末期になるといつでも、どんな道具でも活用してなんとか自殺できてしまうのです。私は入居相談員として、今回のケースで自殺を促すきっかけを与えてしまったのです。

⑥おまけ

認知症は一度発症すると治らないといわれていますが、その理由は脳の細胞が死滅することで脳が委縮してしまうことにあります。ただ実は、世の中には治る認知症もあるのですが皆さんはご存じでしょうか。それが「特発性正常圧水頭症」という病気です。水頭症というと赤ちゃんの病気というイメージがあるかもしれませんが、「特発性正常圧水頭症」は高齢者に多く見られる疾患です。

高齢者の発症が多いにもかかわらず、残念ながら正しく診断されず一般的なアルツハイマー型の認知症やパーキンソン病と誤診される患者さんがいると考えられています。特発性正常圧水頭症の場合、手術で改善が見込めますので、できるだけ早く見つけ出して適切な治療を行うことが大切になります。特発性正常圧水頭症は、脳髄液が脳内で過剰に増えることにより、脳が圧迫され歩行障害や排尿障害、認知障害がでてきます。治療方法は単純に、脳内に貯まった髄液を減らすことができれば、それにより生じた障害を軽減できるというものです。

うつ病もそうですが、一般的な認知症と誤解されやすい病気も存在するので訪問医療マッサージの営業職、施術者としてはしっかり覚えておきたいところです。

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