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【SOUUコミュニケーターまほの鹿児島訪問記】#004 騎射場

こんにちは。鹿児島県庁18階コワーキングスペースSOUUのコミュニケーターをやっております門田真穂と申します。
人と人とを繋げるコミュニケーターとして、県庁に訪れていただいた方と鹿児島全体もコネクトしていきたい!そのためにはまず鹿児島を知るところから!ということで、鹿児島県内を訪問し、紹介していく訪問記。

第四弾となる今回は、鹿児島大学が近くにあり学生が多く行き交う場所である鹿児島市の騎射場エリアです。

騎射場といえばこの人、​​​​株式会社KYSABAREE代表、また「騎射場のきさき市」代表の須部貴之さんにお話を伺いました。

須部さんにお会いするために訪ねたのは騎射場にあるその名も「KISYABASTAR」。

KISYABASTAR

さっそくお話を伺いました。

ー 今日はよろしくお願いします。

須部さん:よろしくお願いします。では、まずは須部ファミリーヒストリーからお話ししましょう。
祖父が奄美で製材所をしていたんだけど、ちょうど建築ラッシュの時期で儲かったので、鹿児島で土地を買って運用するようになって。東京で建材の卸しの企業で勤めていたところを鹿児島に呼び戻された父が、鹿児島の不動産会社で6〜8年勤めた後、独立して一族の物件を任せられるように。それから30数年騎射場で「すべ産業」をやってます

すべ産業

ー そうなんですね。では、須部さんのこれまでのことを教えてください。

須部さん:中学、高校とソフトテニス部で、音楽もやっていて、一人っ子だったから家業を継ぎたくないと親に反発もあった。親元から離れたかったのもあり、反発しながらも折り合いをつけて日本で唯一不動産学部のあった浦安の明海大学に進学したんです。
大学時代、一つの転機となったのは米ケンブリッジ大学に1ヶ月留学したこと。そこで都市計画を学び、まちづくりって面白いなと思うようになった。
あと、大学時代はすぐ行けるところにディズニーがあったからディズニーランドでバイトしてたよ。イベントの演出も好きだったから舞台を年100本くらい見に行っていたね。
大学卒業後、2年間は6人組の男性グループでバンド活動もしてた。ディズニーでのバイトやバンド活動などが今、イベントの演出に関わっていることにつながっているかな。

ー 大学を卒業された後、騎射場に戻ってこられたのはいつ頃なんですか。

須部さん:大学卒業後は三井不動産関連の会社に就職して、その後2013年、17年ぶりに鹿児島に戻ってきたんだけど、そのとき騎射場には1階が空いている店舗が10店舗くらいあった。天文館も閑散としていて「これはやばい」と危機感を持ったんだ。
そして、2013年の8月に北九州でやっていた「リノベーションスクール」に参加してまちづくりを学び、そこでこういう思い(危機感)を持っている人って全国にいっぱいいるんだなと実感した。だから、敢えて「まちづくり」という観点で何かしようと考えるようになったんだよね。

ー なるほど。ところで今お話を伺っているここ「KISYABASTAR」はどういう場所なんですか。

須部さん:ここは以前は、ダンス教室、英語など子供たちの習い事ををするようなところが入ってたんだけど、コロナでそれが撤退しちゃって。50年くらい前に建てたこのビルの1階が空くということが街にどういうインパクトを起こすのか分かっていたから、活用方法を考えていたんだ。どうしようかと悩んでいた時にテレビのフリーディレクターから「ここを使わせてくれないか」と言われて。どうぞどうぞと貸し出すと、自分の知り合いがどんどん訪ねてくるようになった。そこで接点が繋がると動画編集とかZOOM会議とかを皆がここでし始めるように。なんとなく「須部ここにいるよ」って感じで10〜20人くらいの小さな場になっているんだ。なんとなく繋がりがある人たちが使えるような、wi-fiも使えて配信もできる「公民館」みたいな場だね。

KISYABASTARの中

ー 「公民館」っていいですね。では、次に須部さんがやられている「騎射場のきさき市」について教えてください。

騎射場のきさき市

須部さん:始まりは、京都の五条通でやっていた店舗の軒先やガレージを借りて市をする「のきさき市」を2015年に見に行って、主催している石川さんに「これやりたいです」とお願いしたところから。名前もそのまま「のきさき市」を使わせてもらえることになった。

で、騎射場で印鑑屋をやっている通り会の会長に軒先を借りられないかお願いしに行ったんだ。そしたら「言ってることはよく分かんないけどいいよ」と。

こっちも「いやいや、いいんですか?」って感じで。会長からは「軒先を貸してくださいなんてお願いされても、皆何をするのかよく分からないと思う。とりあえずやった方がいいよ」と言われた。
そしたら鹿児島市の産業支援課の方も一緒にやりたいと言ってくださって、市の若手職員と通り会の会長さんと一緒に「お店がやっていない日に軒先を貸してください」と全部で30軒くらい、一軒一軒お願いしに行ったんだ。
2015年の5月に京都の「のきさき市」を見学しに行って、6月に主催の石川さんに鹿児島に来てもらいノウハウを教えてもらって。7月、8月に一軒一軒回ってお願いしたんだよ。

ー すごいスピード感ですね。

須部さん:そうだね。皆「よく分からないけど通り会の会長と市役所の人もいるから変なことはしないだろう」と軒先を貸し出すことを許可してくれた。僕自身も地元の不動産屋「すべ産業」の息子と、知られていたしね。で、その年の11月22日に第一回を開催したんだ。その時は70店舗くらいの出店者で30名のボランティアはほぼ大人。学生はほとんどいなかったよ。第一回を開催するとテレビにも出たり、街のど真ん中でこういうことをするのが面白いと口コミも広がった。騎射場の街の人もTVを見て「面白かったよ」と言ってくれたんだ。その半年後、2016年5月15日には第二回を開催した。

ー 今は1年に1回とお伺いしていますが、最初は半年ごとの開催だったんですね。

開催頻度

須部さん:そう。最初の5回までは半年ごとの開催だったよ。イベントの型をつくるには年1回の開催だと難しいんだ。やり方も忘れちゃうし。
「のきさき市」を手伝ってくれていた鹿児島県美容専門学校の学生さんから、学校では特殊メイクも勉強すると聞いて、それだったら、美容専門学校とコラボしてのきさき市でハロウィンイベントをしようとなった。それが3回目だね。若者が関わるとSNSで発信してくれたりするから、3回目からはがらっとボランティアの層が変わって、8割は学生などの若者になったんだ。

3回目ハロウィンイベントの様子①
3回目ハロウィンイベントの様子②

そして、5回目が終わった後の振り返りで、のきさき市のコンセプトを「わたしとあなたがつながるマーケット」とすることになった。騎射場は街の中に大学もあるし、学びながらできるカレッジスタイルで、学生が主体となって1万人規模のイベントをやろうと。

学生のサイクルに合わせて4月、5月にオリエンテーションして、準備をして最後は振り返りも兼ねた卒業式という形式で、年1回の開催でやろうと決めたんだ。

ー そういった経緯だったんですね。毎回、テーマや、やることも違うんですか。

第5回からパンフレットには防災マップをつけた

須部さん:例えば、第5回からパンフレットには防災マップをつけたんだ。騎射場は留学生含めて外国人がいっぱいいる。実は歴史を紐解くと異人館があったり、商船学校があったり昔から外国人が多くいる場所なんだよ。せっかく日本に来てくれているのだから地域との接点、つながりを持ってほしい。そう思った時に例えば災害があった時、外国から来ている留学生はどうするんだろう、ということで防災マップを作ったんだ。イベントがあるその1日だけで捨てられるものじゃなくて、この後もずっと使ってもらえるようなパンフレットを作ったよ。

防災マップがついたパンフレット。こちらは第8回。

ー 素敵ですね。街の中でイベントをやるうえで、なにか心がけていることはありますか。

街中でイベントをやるうえで心がけていること

須部さん:実行委員の学生には騎射場を知ってもらうために街案内をしている。街に愛着を持ってもらえるようにね。あとは、地域の子供たちに楽しんでもらえるように、地域の八幡小の祭りに宣伝も兼ねて「のきさき市」として出店もしたり。
地域との繋がりを持つことで街に愛着が生まれるようになる。「子供たちのために街はどうあるべきか」。学生にそれを体験してもらうことで大人になった時に子供たちに「こういうことがあってね」と話すきっかけになって、街の未来も変わるのではと思っているんだ。

ー 子供たちのために街がどうあるべきかを考えられているんですね。

須部さん:そうだね。自分は小さい頃、鍵っ子で、家に誰もいないときは地域の駄菓子屋に行って夜まで面倒を見てもらっていた。地域に育ててもらった感覚があるんだよね。だから子供たちに「地域の思い出を残す場」を作りたいんだ。おせっかいかもだけど子供が地域の大人と触れ合う場をつくりたい。いろんなことを体験してもらって何かにつながれば。そして、まちづくりや地域に興味を持ってほしいなと思っているんだ。

まちづくりを続ける中で大変なこと

ー まちづくりを続けられる中で大変なこともあったんじゃないですか。

須部さん:騎射場でのまちづくりは最初は危機感から始まって、のきさき市の1回目、2回目も苦しかった。街のひとの無関心を自分ごとにしてもらうにはどうしたらいいか。なかなか無関心を関心に変えることは難しいからね。
その中でも自分達が楽しく街づくりをしていると周りもだんだんやってくれるようになる。今はのきさき市の中で地域の人と繋がりながら、できることを考えているよ。
自分がやっていることの全ての根源は「地域資源(人・こと・もの)を使って住んでいる人がちょっとでも暮らしやすいと感じてもらえるようになる」こと。そのためにはまず「人」。人を育てていかないと街の担い手がいなくなる。今、騎射場でやっていることを他でも生かしてもらおうと団地のプロジェクトに関わったり、各方面でまちづくりの授業をしたりしているんだ。

ー 本日はいろいろお話し聞かせてくださりありがとうございました。

須部さん:ありがとうございました。

須部さん(左)と第9回のきさき市実行委員長のみぃちゃん(真ん中)と”のきさきポーズ”

「街の地域資源はもっとおもしろくできる」と語る須部さん。
最近は定額で全国に住み放題の住まいのサブスクサービスである「ADDress(アドレス)」で、須部さんの部屋の一室を貸し出して、外から来た人に騎射場の魅力を紹介しているとのこと。
私も騎射場のおすすめのお店をいくつか教えてもらいました。

KISYABASTARを出た後、早速須部さんにおすすめしていただいたハンバーガーのお店「にくと、パン」へ。鹿児島県産黒毛和牛を使った、とっても美味しいハンバーガーをお店の外のベンチでいただきました。

写真/にくと、パン

9回目となる今年の「のきさき市」は11月13日(日)に開催されます。須部さんはじめ、ボランティアスタッフや出店者の方々の想いが形となり、騎射場に訪れる人と人がつながる1日。私もお伺いするのが今からとても楽しみです。

今年のパンフレット

今後も鹿児島県内の各地域を訪問し記事として連載していく予定です。我が町にもぜひという方がいらっしゃれば、ご連絡お待ちしております!!

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