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掌編小説『Rock'n'Roll Star』

 二十四時半過ぎに店に着いて見下ろせば階段の下の方にはいつものメンツがたむろしていて、すぐ後に起こることが頭を過りちょっとくすぐったいような心持ちで階段を下りていく。下まで行くと案の定、おおロックスターのお出ましだとか、今日も一発ぶちかましてくれよとか声をかけられて、苦笑いだけを返事にガラスドアを開けた。
「ああ来た来た」
 右から声がしてそちらに顔を向ければ、受付には俺と同じように鋲が入ったライダースジャケットを着たアサミがいて、笑顔で手を振っている。近づいて二千円渡すとドリンクチケットを一枚渡され、「飲み過ぎないようにね」と悪い笑みを浮かべて言われた。うっせーよと返して、左に進む。段を上ってすぐにある重い鉄の扉を引くと五月蠅い音楽に全身が包まれた。さあ夜の始まりだ。
 左に進みまずはバーカウンターへ。ステージの上、DJブースに目を向けて三人ほどの番をやり過ごす(こいつらにも声をかけられたがそれもやり過ごす)と、バーテンのミカちゃんがにっこりと微笑みかけてきた。今日もビールからですか? と聞かれ、精一杯の笑顔で頷くと、ミカちゃんは右にある冷蔵庫から瓶ビールを取り出し、栓を抜いた。はいと百点の笑顔と共にビールを差し出され、また笑みを返すと俺は左スピーカーを目指した。
 二口くらい飲んだところでスピーカー前の定位置に着いた。すぐに体を上下させリズムを取り出す。体が汗ばんでくるのを感じる。瓶を口元に運ぶ。と、後ろから押されビールが鼻の穴に入った。しみる。目の方までつーんと来る。後ろを向くと陽気な若い白人が男女で向かい合って踊っていた。こっちには目も向けない。幸せそうで結構なことで。ああ夜が始まった。
 人が増えてきたなと思ったときには一時半過ぎで、オアシスの『Rock'n'Roll Star』がかかり、悪い奴らに上行かないかと声をかけられて、いつもの流れでステージに上がる。ここからの眺めは最高だ。特にいまみたいに瓶ビール三本くらい飲んでると自分がスターになった気分。DJも俺の肩に手を回してきてマイクを顔の前に突きつけてきた。ああ歌えってことね。めんどーだがしゃーねぇーな。リアム・ギャラガーのように両手を後ろに回し、マイクに顔を突き出して口パクする。歌えたらいいんだろうけど、俺音痴なんだよな。でもみんな楽しそう。俺を指さしてなにか言ってる。ちょっと恥ずかしい。でも我慢。スターは辛いぜ。
 曲が終わりステージをおりれば悪い奴らに連行され、バーカウンターへ。当然のテキーラ。ここはいつもストレートで出してくる。乾杯の音頭で一気に流し込む。ガツンときた、ボディーに、レバーに、肝臓に。一杯目はやはりキツい。が、キツそうな顔はできない。みんなの期待に応えなくちゃ。もちろんそれで終わりじゃない。二杯目、三杯目。ようやく悪い奴らから解放され、さすがに顔をうつむけてると、ビールにしますかという声がして顔を上げた。ミカちゃんが笑顔だった。頷いてステージに顔を向ける。DJの姿が霞んで見える。ああ夜が始まったって感じだな。
 何時なのかわからない。すこし人は減ったろうか。みんな外に出てるのか。何杯飲んだのか不明。周囲が朧気に見える。ああリバティーンズが鳴り出した。『Death On The Stairs』。また来いってことか。重い体を何とかふるいたたせてステージに上がる俺。俺の周りを悪い奴らが取り囲む。みんな飛び跳ねている。俺も跳ねてるみたい。ああカールがギター弾く真似ね。楽しい。これだからロックスターは辞められない。ダンスフロアに目を向ければめちゃくちゃに体を動かして踊ってる連中がいる。リバティーンズが好きなのね。あとで挨拶してやろう。サインしてやってもいい。この感じ。このノーフューチャー感、これこそが俺が求めてるもの。これこそがロックンロールなんだ。こっからだ、こっから。ようやく夜が始まった。

「おい起きろ。いつまで寝てんのよ。今日は匠と動物園に行くって約束したのに。忘れてたの? 約束守れるっていうから行かせてやったのに。こんな格好で玄関で寝て。財布は? スマホは?」
 うるさい声で僕は起きる。いまはいつ? ここはどこ? 俺のほっぺを叩くこの女は? 貴様は誰だ! ああ俺、いや僕が悪かった。ごめん、覚えてるよ。うう頭が痛い。わかってるわかってる。僕が悪かった。悪かったって。十時か。うん、もう出るよ。このまま行くのかって。もちろん着替える。ライダースで動物園はないから。うん、ごめん、ごめん……

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