【掌編小説】転向

 こちらの掌編はBFC4の2回戦用に書いたものです。下に横書きでも載せます。

転向

 こんなの書いてもお前が読まないことはわかってる。だけど、どうしても書かずにはいられなかった。ごめん。無視するつもりはなかったんだ。ただ驚いちゃって、咄嗟に顔を背けちまった。お前、こっちを見てたよな。横断歩道を渡りながら。横目でもハッキリとわかったよ。俺に近づいて来ようとして、困惑した顔で遠ざかっていくのが。本当にごめん。けどわかって欲しいんだ。友達と一緒でさ、驚かすといけないと思って。ほらっ、お前は派手なシャツ着てリーゼントにしてたから。言い訳だね。でもお前も見ただろ彼のこと。ビシッと分けた七三に分厚いレンズの眼鏡。いかにも優等生って感じで。だからビビッちゃったんだ、彼が腰を抜かしたらどうしようって。彼、凄い読書家でさ、俺も本が好きで、だから読書仲間。どういうことって思った? なんで空手をやってないんだって。一緒に道場に通おうって約束したのにって。ごめん。ごめんばっかだけど、本当に申し訳なく思ってる。いや、騙してたわけじゃない。俺は心の底から空手家になりたいと思ってた。クラスメイトには散々馬鹿にされたけど。中一の頃さ。そんなの目指してどうするのとか、それで食ってけるのかとか。ああそう、田島だけは違った。アイツは特別だった。俺らはいっつも昼休みに固まって格闘技の話をした。俺とお前は空手だったけど、アイツが好きなのはプロレスだった。アイツ体は馬鹿デカかったけど普段は大人しくて、とても格闘技好きには見えなかった。だけど、口を開けば前田日明がいかに偉大か、どんなに強いか話し出して止まらなかった。お前アイツを挑発したな。いくら前田でも数見のローキック一発で沈むって。したらアイツ顔を真っ赤にして、そんなわけないだろって怒鳴ってさ。それ見てお前ゲラゲラ笑いながら、じゃあ試してみようぜって。アイツとお前は向かい合って、アイツタックルしようとしたけど、お前の蹴りを腿に受けてうずくまった。涙目で本気で蹴ることないだろって訴えるアイツにお前、ほらっ数見の方が強いだろってニタニタ笑ってた。正直言うとあの時から感じてたんだ、コイツ大丈夫なのかなって。
 俺たちは毎日トレーニングした。腕立てとか腹筋とかスクワットとか、そういう基本的な運動はもちろん、一升瓶に砂詰めてベランダで振ったりもしたし、うちの近所の竹藪で蹴りの練習もした。俺ら部活に入ってなかったから、学校終わりに竹藪に直行して、暗くなるまで竹を蹴り続けた。俺は松井章圭みたいに綺麗な上段回し蹴りができるようになりたくて、お前に指導してもらった。もっと高く、もっと高く、足先に意識を集中させて、膝から弧を描くようにってお前アドバイスしてくれたけど、左足一本で踏ん張って、右足をぶんぶん振り回してるうちにバランスを崩して、何度も尻餅をついた。痛かったなあ。
 ゲーセンに行ったのはいつだっけ? 中二の五月くらい? 竹藪で稽古した後、お前がパンチングマシンで腕試ししようぜって言い出した。そんでゲーセンに行ってマシンの的めがけて思い切りパンチしてたら、兄ちゃん腕強いなって声をかけられて、振り返ったら黒崎だった。ビビったよ、うちの番長が目の前にいるんだから。黒崎は俺とお前の肩に手を回して、飯おごるよって言ってきて、どう断ろうかって思ったけど、ありがとうございますってお前が言って、一緒に飯屋に行ったんだ。
 それからだ、俺らが不良グループに加わるようになったのは。授業をサボって屋上で過ごしたり、バイクを乗り回したり、喧嘩したり、まあメチャクチャやった。俺は嫌だった。弱い者相手にいきがってる連中と群れるのは。でもお前は楽しそうだったな。水を得た魚って感じで、喧嘩になると真っ先に相手に突っ込んでいった。それでもお前、酒とかタバコ、あとシンナーとかそういうのには手を出さなかった。空手家になるため、自分の体に害があるようなことはしないって、そう二人で決めてたから。黒崎たちと連んではいても一線は画す、それでやっていけるって俺ら信じてた。けど甘かった。そんなこと黒崎が許すはずがなかったんだ。
 あの夏の日、体育館の裏に田島を呼び出せって、黒崎から言われた時、嫌な予感がした。でも黒崎が怖かったから俺は従った。田島を連れて来ると、コイツを殴れ、って黒崎は言った。え、なんで? って口にした瞬間、俺は吹っ飛んでた。何が起きたかわからなかった。立ち上がると黒崎は再度命じた。それでも俺は動かなかった。理由もなく友達を殴るなんてとてもできなかった。それで黒崎はまた俺を殴った。さらにもう一発。そこでお前が田島に近づいた。いきなり腹を殴って、田島はウッって発して膝をついた。黒崎はニヤッとして、今度は顔を殴れと指示した。お前は田島の顔を思い切り殴った。黒崎は手を叩いて、もっとやれと囃し立て、お前はまた田島を殴った。俺は止めろって叫んだけど、お前聞く耳をもたなかった。何度も何度も殴って、アイツの鼻から血が噴き出して、そのうち顔が赤黒くなって、それでも殴るのをやめなかった。アイツぐったりしちまって、さすがに黒崎も顔色を変えた。もういい、止めろって声を荒げたけど、それでもお前が止めないんで、黒崎はお前を羽交い締めにした。したらお前、今度は黒崎に殴りかかった。一発顔に当たったけど、すぐに腹に膝を入れられて倒れ込んだ。黒崎と取り巻きに好き放題に蹴られて、お前はピクリともしなくなった。俺は怖くなってお前をおいて逃げ出した。
 あの日から俺は逃げ回るように生きてきた。黒崎からもお前からも。本の世界に逃げ込んで、お前のことを忘れようとした。高校にあがって、本が好きな友達もできて、もう大丈夫だ、自分は別の人生を生きてるんだって、そう思ってた。なのになんでだよ? なんでまた現れた? もう許してくれ。俺はもう誰も傷つけたくないんだ。

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