文舵、練習問題⑤〈簡潔性〉

一段落から一ページ（四〇〇～七〇〇文字）で、形容詞も副詞も使わずに、何かを描写する語りの文章を書くこと。会話なし。

　顔を上に向け、息を吸い込む。空気が足りない。両足を踏ん張り後ろからの圧力を跳ね返しつつ、両手を使って前からの圧力にも抗っているから、吸ったそばから酸素が消費されていく気がする。ディジー・ラスカルのライブの途中からこの状態で、だから1時間以上になる。もちろん夢にまでみたリバティーンズのライブ。前から三列目のこの位置は最高だ。最高だけれど、本場イギリスのファンの強烈さがわかってなかった。『Horror Show』は僕が大好きなパンクソングなのに、バラードから始めてくれてたらなんて思うほど、後ろの白人が押してくる。肺がつぶれてしまいそうだ。いや、まじで肋骨が折れそう。あの白人、さっき振り返ったら、こっちを睨みつけてきやがった。ジャップ！　ゴー、ホームとでも思っているのか。畜生、この場所を死守してやる。おおー、夢にまで見たリバティーンズが今自分の目の前にいるんだな。龍に自慢してやろ。ホラーショウ、プルラウンド、ホシー、ナウ、こんな歌詞だったかな？　まあ、気にしない気にしない。誰も聞いちゃいない。お、曲が終わった。音が止む。ふぅー、圧力が減った。助かった。あれ？　変だ。感触が。あ！　ジーンズの右後ろポケットに手をやる。あれ？　おい！　財布は？　財布はどこだ？　後ろを振り向くと、財布が浮いてる。いや、手に握られている。その手を伝って顔まで行く。と、得意気に笑うそばかすだらけの少年の顔があった。二列後ろだ。僕は大声を上げる。返してくれよ、プリーズ、プリーズ。少年は笑いながら財布を振る。次の曲が始まる。返してくれよ、プリーズ、プリーズ。少年はステージに顔を向けた。返してくれよ、プリーズ、プリーズ、プリーズ！

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感想：
　まず、形容詞と副詞だけを禁じました。形容動詞は禁じてません。なので、「こんな」「もちろん」「大好き」「強烈」「得意気」はありにしています。
　形容詞と副詞を禁じられることがこれほど苦しいとは思わなかった。自分では結構淡白な文を書くと思っていたから、この課題はらくちんだろうと思ったけど、そんなことはなかった。「欲しい」「嬉しい」を禁じられる苦しさ。あと「もう」「これほど」「こんなに」にかなり頼っていることもわかった。「もうちょっとゆったりした曲から」が「テンポが遅い曲から」になり、それも形容詞「遅い」がひっかかるので「バラードから」になったあたりも苦しみの後がうかがえる。他の人はもっと苦労しているのかもしれないけど。
　大変だったけど、出来上がった文章を読み返してみると、修正後の方がスッキリしていていい気がする。やっぱり、形容詞と副詞に頼り過ぎているということなのか？　いや、やっぱりただ単に推敲を賜物かもしれない。

〇修正前のバージョン
　苦しくて顔を上に向ける。思い切り息を吸い込む。だけど、一向に苦しさが減らない。両足を踏ん張り後ろからの圧力を跳ね返し、両手を使って前からの圧力に抗っているから、吸ったそばからその酸素が消費されていく気がする。ディジー・ラスカルのライブの途中からこの状態で、だからもう1時間以上になる。もちろん夢にまでみたリバティーンズのライブだ。前から三列目のこの位置は嬉しい。嬉しいけれど、本場イギリスのファンがこれほど強烈だとは夢にも思わなかった。『Horror Show』は僕も大好きなパンク曲だけど、もうちょっとゆったりした曲から始めて欲しかった、なんてと思うほど、後ろの白人が激しく押してくる。肺がつぶれてしまいそうだ。いや、まじで肋骨がどうにかなりそう。さっき振り返ったら、こっちを睨みつけてきやがった。ジャップがなんでこんなところにいるんだ、ゴー、ホームとでも思っているのか。畜生、絶対にこの場所を死守してやる。ホラーショウ、プルラウンド、ホシー、ナウ、こんな歌詞だったかな？　まあ、いい。どうせ誰も聞いていない。うわぁー、夢にまで見たリバティーンズが今自分の目の前にいるんだ。ピーターの帽子カッコいいなあ。ああ、もう曲が終わる。音が止んだ。ふぅー、圧力が減った。助かった。あれ？　なんかおかしい。感触が。あ！　僕はジーンズの後ろポケットに手をやる。ない。右後ろのポケットにあった財布がない。後ろを振り向くと、僕の財布が宙に浮いてる。いや、手に握られている。その手を伝って顔まで行くと、得意気に笑うそばかすだらけの少年の顔があった。二列後ろにいる。僕は大声を上げる。返してくれよ、プリーズ、プリーズ。少年はにやにやして財布をふるばかり。次の曲が始まる。返してくれよ、プリーズ、プリーズ。少年の目はもうステージに向いている。返してくれよ、プリーズ、プリーズ、プリーズ！