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文舵、練習問題⑧〈声の切り替え〉問2

問2:薄氷
 六〇〇〜二〇〇〇文字で、あえて読者に対する明確な目印なく、視点人物のPOVを数回切り替えながら、さきほどと同じ物語か同種の新しい物語を書くこと。

 揺らめく炎をぼーっと眺める。心が静まる。自分がどこで何をしているのかわからなくなってくる。何千年も何万年も前から人はこうやって炎を見つめてきたのだ、永遠に続く真理を極めんとする自分にはこの部が相応しいんだ、そう真吉は思い込もうとした。だが無理だった。さっきから耳障りな関西弁が真吉の内省を妨げる。炎の前で部の先輩二人が漫才をしている。なんで山の上まで来て漫才なんだと真吉は疑問に思う。ここの連中は騒ぐことしか頭にない。大学に入って数学一辺倒じゃ駄目だと思ってワンダーフォーゲル部に入ってみたら、こんなくだらない集まりだなんて。はーあ、と真吉はため息をついて右をうかがう。隣にいる弓子先輩の小麦色の整った顔が、炎の明かりに照らされている。口を大きく開けて笑っている。つぶらな瞳とえくぼが可愛い。この人に勧誘されてクラッときたのが間違いだった。弓子先輩の前であんなことしなきゃいけないなんて、今さらながら逃げ出したい。地獄、生き地獄じゃ。苦虫を噛み潰したような真吉の顔が炎に照らされ、ボケ担当の聡の目に入った。なんて面してやがる。次はあいつに頑張ってもらわないといけないのに、と苛ついた瞬間、ボケが飛んでしまった。一瞬焦ったが、聡はとっさにひょっとこのような変顔をした。すぐに弓子の笑い声が聞こえた。それにつられて周囲も小さく笑う。あいつは俺の漫才でいつでも笑ってくれる。でも笑いすぎだ。そんなに笑ったら付き合ってるのがバレちまう。
 最後のボケはしっかり決めると、聡は満足そうな表情を浮かべて戻ってきた。盛り上げようって頑張ってるな聡。今年から部長だもんな、私も応援しなきゃ。そう思って弓子は力いっぱい手を叩いた。それが聡にはなんだかくすぐったい。それで弓子には軽く会釈だけして、すぐに真吉の方に顔を向けた。あっちで準備しよう、と声をかけ、真吉を連れて暗がりへ向かう。弓子は二人が消えていった暗闇にじっと目を注ぐ。真吉君、真面目な子なのに出し物なんかできるのかな? 聡みたいなことはできないんじゃないのかな? できるとかできないんじゃないんだ、やるかやらないかだ、お前はやるんだ、な、わかったか? と、聡は強引に真吉に迫った。返事がない、暗くて顔が見えない。すこししても答えがないので、ちゃんとパンツ一丁になるんだぞ、そんで、ブリーフ星から来たブリーフマンだ! って、ほらっやってみろ、とけしかける。と、何か声が聞こえた。もう一度聞こえる。か細い声だ。耳をすます。イヤ、です。今度はハッキリ聞こえた。
「イヤじゃないよ。さっきはノリノリでOKしたじゃないか」
「やっぱり馬鹿らしいと思ったんです」
「困るよ。お前がブリーフマンやるっていうから、うけると思って、俺らの漫才より後にしたのに。じゃあ、代わりに何やるんだよ」
「そんなの知らないですよ。自分で考えてください」
「うわぁー逆ギレ。先輩に向かってなに言っちゃってんの」
「もう先輩でも後輩でもねぇーから、こんな部辞める」
 真吉はすたすたとキャンプファイヤーの方に戻っていった。残された聡は焦った。部長として初めての登山。何とか楽しいものにせねばいけない。その切り札としてとっておいた真吉の白ブリーフが今封じられたのだ。目を閉じてじっと考える。と、アイディアがふってきた。よしっと呟き、聡は全裸になった。さらに脱いだボクサーパンツを頭から被った。局部をおおう部分がちょうど目の前にきて視界が塞がったが、パンツ越しに炎の所在はわかった。これならブリーフマンにも負けまい。聡はにんまりして駆け出した。炎の前まで来ると仁王立ちになった。両腕を左右に伸ばして声を張り上げる。「ゼンラマン、参上!」。参上と口にしたところで、右の拳を握りしめ、胸の前にもってくるポーズを決めた。ポーズの後、その余韻といった感じで体を軽く左右に揺すった。ぶらんぶらんと局部が揺れる。聡は決まった! と思ったがなんの反応もない。不審に思ってボクサーパンツを脱ぐ。と、怪訝な表情を浮かべた弓子が一人、こちらを見上げていた。

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