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文舵、練習問題⑨〈問三:ほのめかし〉

問三:ほのめかし
 この問題のどちらも、描写文が四〇〇〜一二〇〇文字が必要である。双方とも、声は潜入型作者か遠隔型作者のいずれかを用いること。視点人物はなし。
 ①直接触れずに人物描写――ある人物の描写を、その人物が住んだりよく訪れたりしている場所の描写を用いて行うこと。

 土曜深夜のオフィス。フロアの左を見れば真っ暗で、窓の外から差し込む微かな街灯の光が窓際に並ぶデスクを青白く照らしている。時刻は一時過ぎ。遅くまで残業する人もさすがにもう帰っている時刻だ。誰もいないと思って右を向くと、右端の島の一番手前、デスクライトが付いている席がある。人は座っていない。デスクの正面には30インチはあるディスプレイ、左右にノートパソコンがあり、三つの画面ではそれぞれプログラムが走っている。ヒートランをセットして、デスクライトを消し忘れて帰ってしまったのだろうか? どうもそうでもないみたいだ。デスクが汚れている。ポテトチップスのカスがそこかしこに散乱し、マウスも油でてかっている。特大サイズのポテトチップスの袋が右のノートパソコンのキーボードの上にある。まだ一人で残業しているのか? そういうことを許す企業ってあるんだろうか? 上司が一人も残らずに部下にこんな時間まで残業させ続けるような。ブラック企業? それにしてはこんな立派なオフィスを構えている。いや、ブラック企業だから立派なオフィスを持てないなんてことないか。でもやっぱりこんな開けたオフィスをもてるとすれば、大企業だと考えるのが妥当だろう。とすれば、管理職が一人で残っているのか? それもどうだろう、ポテトチップスをぼりぼり食べる管理職はイメージしにくい。それに画面を見た限りプログラミングかテストか、そういう下流工程をしているに違いない。管理職がやる仕事じゃない。それにしてもこんな時間まで一人で仕事をするなんて、何かトラブルでもあったのか、納期が迫っていると考えるのが妥当だろう。そんな切羽詰まった状況なら、凄腕の人なんだろう。一人で事態を打開できるくらいに。それにしても、こんな風にスナック菓子を食ってるなんて、きっと太った人なんだろう。四六時中プログラムを追いかけているのだとすれば、身なりにも気を遣わない人物なのかもしれない。Tシャツにジーパンで髪がもじゃもじゃ、髭もぼうぼうというイメージ。いや、さすがにそれじゃあ会社員は務まらないか。しっかし、今はどこにいるんだろう? 

 ②語らずに出来事描写――何かの出来事・行為の雰囲気と性質のほのめかしを、それが起こった(またはこれから起こる)場所の描写を用いて行うこと。

 一体どうなっているんだろう? 今日は日曜日の朝だというのにオフィスに人が集まっている。やかましい声がすると思って右奥の窓際に顔を向けると、窓際の打ち合わせスペースで三十代と思われるスーツ姿の男が、向かいに座る、これもスーツを着込んだ五十を超えているだろう男に向かって声を荒らげている。フロアの他の部分は静かだが、うるさい窓際の席の手前、右端の島では私服姿の男たちが集まって作業をしている。三十はある席が一つ除いて埋まっていて、席についている若い人たちが必死な顔でカタカタとキーボードを打っている。その周りではスーツを着た中年の男が二人、心配そうな顔をしてウロウロと歩き回っている。だがあまり役に立っていなさそうに見える。窓際から断続的に怒鳴り声が響く。その度に若い人たちがチラッと窓際の方をうかがう。けれどすぐに画面に顔を向け作業を続ける。何の作業なのかわからないが、これだけの人が一斉に作業していると迫力があって、余計に誰もいない席が目立つ。そこは例の席、深夜にデスクライトが付いていたデスクだ。今は綺麗に片づけられている。スナックのカスは散らばってないし、ディスプレイの電源は消えている。ノートパソコンもない。昨日の彼の奮闘は実を結んだのか? 結ばなかったのか? それにしても日曜日に仕事とは。しかもみんな必死だ。これはどういう状況なんだろう? 窓際に座っている二人の関係は? 若い方が上司なのか? いや、大企業は基本的に年功序列のはず。三十代が五十代を叱り飛ばすなんてありえない話だ。であれば別会社なんだろうか? それはありそうだ。わかった、五十代の男の会社の方が仕事を請け負っていて、納期に間に合わなかったのでは? それならわかる。しっかしブラックだ。深夜の彼も今日来てる三十人もこんな仕事をずっと続けるつもりだろうか? 何の仕事なのか? 月曜日までにどうしても仕上げなきゃいけないのか? できなかったらどうなるんだろう?

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