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50の手習い(EWI奮闘記)~Ⅱ.EWIを手に入れるまで

1.       そもそもは……


 前節で中学時代はフォークにどっぷり浸かっていたと言いましたが、フォークしか聴かなかったというわけでもありませんでした。当時は小田和正が所属していたオフコースの人気が絶頂。財津和夫のチューリップも元気でした。そういった「ニュー・ミュージック」の終わりごろに私は多感な時期を迎えていたわけです。流されるままにオフコースを聞き、あの独特の歌詞にちょっと抵抗を感じながらも(あの歌詞が好きだという方には申し訳ないですが、個人の感想っていうことでご容赦いただきたい)、それを口にすることもできないシャイな私は周りに同調することでいろんな情報を得ていたわけです。もちろん当時は今と違い、「インターネット? 何それ?」的な時代です。折しもCDという新しいメディアが世の中に発表されたころです。とはいえまだまだ主流はアナログレコードの時代でしたから、私もLPレコードからカセットテープに録音して聴くという王道を歩んでいたわけです。

 ほどなくしてオフコースは活動を停止。新譜は出なくなり、コンピレーションというのか、企画ものというのか、そんなものがいくつか発売されていたわけですが、その中で『From Me To You』というオフコースのインストもののアルバムが発売されていました。それを聴いてみたら、あら不思議、いいじゃないですか。オフコースの歌詞にあった抵抗感が、インストバージョンになることによってきれいさっぱり消えたわけです。実は私の「インスト志向」が始まるのはこれが直接的なきっかけだったと今になって思うわけです。今でも時々「この曲、インストにしたらカッコいいんじゃないか」って思うことがあるわけですが、その始まりがちょうどこの時期だったことになります。

 その後高校生になった私は、周囲から洋楽の洗礼を受けます。Phil Collinsが3枚目のアルバム『No Jacket Required』を発売したころです。私の洋楽はPhil Collinsから始まるわけですが、とにかく周りは洋楽一辺倒、J-Popを聴いていると言うと「ふぅ~ん」という何とも言えない空気が流れました。もちろんそれが正しい空気感だったとは思えません。J-Popにもいい曲はたくさんありましたからね。でも、その当時って松田聖子をはじめとするアイドルたちがテレビで闊歩する時代。ちょっとでも流行に対して反骨精神があったりすると「テレビなんかで流れている音楽はダメ」という感じになったのでしょう。まぁある意味良質な音楽はテレビではあまり流れないこともあって、私なんかもFMに逃げるしかなかったわけです。しかし当時私の住んでいたところはNHK FMしか入らないという田舎。全国的にも民放FMもまだ黎明期と言ってもいい頃でした。そうなると、情報は周囲の口コミしかないわけで、そういう意味で周りに変なレッテルを貼られてしまうよりかは、自分を押し殺してでもいろんな情報を手に入れた方がいいと思ったわけです。

 洋楽だけではありません。当時はJazz Fusionのブームが終わりかけていた時期でもありました。まったくそちらの方には縁が無かった私でしたが、高校になぜか存在していた「Jazz 研究会(Jazz研)」ではスタンダードなJazz以外にもFusionをやりたがる人も結構いて、そこから刺激も強く受けました。中学の頃にフォークギターをちょろちょろやっていた私は、誘われるままに足を運んだJazz研で「おまえ、ベースやってみね?」と言われます。そもそも手が大きくて指が太い私にギターは窮屈だったのと、ギターはもうすでにたくさんいてこれ以上ギターを弾く人間はいらない、という状態だったこともあり、なし崩し的に私はベースを手にすることになったわけです。このあたりのことを書き始めるときりがないので割愛しますが、スラップベースの衝撃を受け、カシオペアにハマり、私は「ボーカルの無い音楽」というものの魅力にハマっていったわけです。

2.       サックスがフロントマンの音楽

 当時、Fusion界でカシオペアと人気を二分していた存在がThe SQUARE(のちのT-SQUARE)でした。「カシオペア派」と「スクウェア派」なんていうみたいなものもあったのかなかったのか、とにかく私は最初に聴いてしまったのがカシオペアだったこともあって立派な「カシオペア派」だったわけです。カシオペアとなると、編成はギター、ベース、ドラム、キーボードとなるわけで、ホーンセクションはありません(のちにホーンセクションを結構使った『Material』が出ましたけど、私的には結構好きなアルバムです)。方やThe SQUAREとなると、伊東たけしというフロントマンがいて、サックスがメロディーを奏でていたわけです。

 ところが当時の私は、サックスにちょっとアレルギーがありました。ファンだった方には申し訳ないのですが、当時人気があったバンドの「チェッカーズ」のサックスがどうしても好きになれず、サックスにちょっとネガティブなイメージがあったのです。チェッカーズのサックスがダメというわけではなく、私の中にチェッカーズの音楽を消化できるだけの素養が無かったわけですが、それがちょっと私とサックスの関わりをすごく遅らせることになってしまいました。まぁチェッカーズはサックスがフロントマンだったわけではないのですが、サックスの音がとにかく消化しきれていなかったんですね。Jazz研でも私は正式部員ではなかったこともあり、スタンダードなジャズはほとんど聴かず(弾かず)にいましたから、結局はその後何年もサックスがフロントマンの音楽を聴くことがなかったわけです。

3.       笛ものに気持ちが向く

 そんな私のサックス・アレルギーが一気に無くなるきっかけがありました。もう私は大学を出た頃だったのですが、テレビを見ていた時、フロントマンが伊東たけしから本田雅人に代わったT-SQUARE(もう改名していました)がなぜか出演していたのです。当時T-SQUAREと言えばなんといってもF1のテーマ曲である「Truth」が有名で、もとはと言えば伊藤たけしがヤマハのWXシリーズ(いわゆる当時のウィンドシンセ)を使って演奏するのが定番だったものでした。「リリコン」のことも聞いたことはあってもよく知らなかったわけでして、音が消化しきれていないこともあってか、「あぁ、あれね」的な感じで流してしまっていました。それが本田雅人に代わってもバンド自体は変わらないわけですから当然演奏されるわけです。しかし一つ違ったのは、本田雅人が番組の中で「Truth」をソプラノサックスで吹いたことです。これにはガツンと後頭部を殴られたような衝撃を受けてしまいました。カッコいい。なんだこれは。え?ソプラノサックス?っていう感じです。サックスっていえばアルトとテナーくらいしか知らなかったに等しかったわけですが……あ、いやそうじゃないな、高校生の時に、ケニーGの「Song Bird」がヒットしてソプラノサックスの音は聴いていたんですが、関心が無かったので忘れていたんですね。だからソプラノサックスで朗々と奏でられる「Truth」を聴いた時が、ソプラノサックスに真剣に耳を傾ける最初の体験となったわけです。

 それとちょうど同じ時期に、もう一つ私に大きな転換点というか新しい音楽体験が訪れます。宮本文昭というオーボエ奏者がJTのピースライトのCMで「Meditation」を朗々と吹き、さらに同じJTのCMのシリーズで今度はややアップテンポの「ボヘミアン・ダンス」を吹いているのに私は魅了されてしまいました。とはいえ、「やべぇ、オーボエって素敵!」となった私ですが、そもそもオーボエなんてものはまったく知りませんでした。母が無類のクラシック好きでしたが、私はクラシックに対してアレルギーみたいなものがあったせいか、クラシックで使われる楽器なんてバイオリンとチェロ、ホルン、クラリネット、ティンパニーくらいしか知らず、オーボエ?なんじゃそりゃ、って感じでした。インターネットの登場にはまだ5年くらい待たなければならない時期です。オーボエが2枚リードの楽器であることもわからないばかりか、写真ですらクラリネットとの違いがよくわからないわけです。当然いくらするかもよくわからないわけですが、当時赤貧の日々を送っていた私でしたから買えるわけないし、ましてや環境がそもそも無理(ワンルームアパート住まい)。だいたいサックスとかオーボエってどうやって音を出すのか、っていうレベルの知識なもので、まぁ笛ものの音楽は「聴き専」にならざるを得ないなぁと思ったわけです。

4.       だけど……

 そんなわけで私は、この時期にきてようやく吹きもののフロントマンがいるバンドがいいなぁと考えるようになったわけなんです。だけどカシオペアに義理立てしてなのか、ちょっとT-SQUAREには手が伸びない(別に気にしなくてもいいのにね)。今さら伊東たけし時代をさかのぼるのもなぁと思うし、気持ちは少しJazz Fusionから離れつつあった時期でもあって、宮本文昭のオーボエにドはまりしていた時代を送ってました。ところが、本田雅人がT-SQUAREを知らないうちに脱退してソロアルバムを出しているじゃないですか。なんとなしに手に取った彼のソロアルバム『Real Fusion』をそのまま買ってみて、「なんか、めっちゃいい!」と思ってしまい、本田雅人にハマりました。そしたら、その前に出しているアルバム『Carry Out』はほとんど本田雅人が一人で作っちゃったアルバムで、その中でEWIをめちゃめちゃ吹いていることがわかりました。実質的にEWIをたくさん聴いたのはこのアルバムからということになります。

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 そんなこんなでEWIに手を出すチャンスが来たのかと思いきや、私はなんとまたベースに戻る機会が訪れてしまいます。それと同時にライブにもちょこちょこ行くようになり、セッション系のミュージシャンのライブに通うようになりました。すると、本田雅人が出るライブもあるわけですね。そこで本田雅人が吹いていたのが、EWI3000なわけです。そうです、箱型の音源が外にあるやつですね。本田雅人は本体を自分の好きな色に塗ってもらって、本田雅人が出演するライブで見たときのEWIの色は本人曰く「フェラーリ・カラー」でした(DVDなんかだと彼が阪神タイガースファンなこともあって、阪神カラーに塗られたものもあります)。もうハイパー・プレイヤーですから、やっぱりめちゃめちゃ音の球数の多いフレーズを吹きまくっていました。それを見て(聴いて)なんかいいなぁ、と思ったと同時に、「これだったら音で迷惑をかけることないんじゃないか?」と思ったわけですね。つまりアナログ楽器のサックスとかだとものすごい音が出るので、当然近所迷惑になってしまいます。だけどEWIだとヘッドフォンで自分の世界に入り込める……いいじゃないですか! そうなると早速お値段を見るわけですが……。やっぱり結婚したばかりの私にはちょっとねぇ、手が出なかったわけです。結局、私はなんだかんだ言いながらベースと向き合うことになり(……と言うほど真面目にやってなかったですが)、憧れは持ちつつも遠い存在、というのがサックスやオーボエ、そしてEWIといった「笛もの」というわけでした。


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