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「台南洋行」から「台湾洋行」へ

台湾に足繁く通うようになってからというもの、僕は音楽の楽しみを人との関わり合いの中から見出すようになった。これまでの僕の音楽との向き合い方はかなりオーディオ本位かつ自己完結型だったと思う。

どちらかというと、ライブに行くより、家で、スピーカーの前でじっくり聴いている方が性に合っているし(これは見逃すまい!というライブにはもちろん駆けつけるが)、情報ソースもネットや書籍であり、生身の人間とのコミュニケーションが希薄で、かなり内向きな音楽生活を送っていたと思う。

元々好奇心は旺盛な方なので、ネット環境さえあれば、YouTubeやSpotifyでエンドレスに音を聴き漁れる。そうやって自分なりのセンスに磨きをかけるのも楽しいが、主観に基づいて、音だけを切り取って品定めするような音楽との向き合い方に広がりがなく、若干マンネリ化していたのかもしれない。

そういう意味で台湾は僕の音楽体験にブレイクスルーをもたらしてくれた。はじめて台湾に行った時は台湾の音楽なんて何一つ知らなかったし、言語の壁もあり、正直、あまりピンと来てなかったと思う。

しかし、現地の音楽関係者の知り合いが増え、彼らの想いやその取り組み、台湾のポピュラーミュージックが辿ってきた歴史など、コンテクストを大きく把握する事で、聴き方も変わっていった。

台湾の音楽を聴く時、僕には思い浮かぶ顔がたくさんある。それはそのアーティストを直接知っていたり、プレゼントとしてCDをくれた人や、勧めてくれたレコード屋のオーナーだったりさまざまだ。

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以前はそんな事はなく、あくまで音そのものをじっくりと吟味していた。けれど、そのような審美的な側面だけでは、面白みに欠けているのかもしれない。音楽はもっとそのコンテクストも大切していい。そう思うようになった。

例えば、『台南洋行』にしてみたって当初は切り口として「ミュージシャンの視点で」を掲げていたが、結果的に、音楽から派生して、台湾の歴史や政治、宗教、さらには地域活性化やコミュニティーといったトピックにまで及び、包括的な内容となっていった。

紹介している音楽も、自分好みの音だけをピックアップしているわけではない。それが台湾の音楽史において重要な役割を担っていたり、歌詞の意味合いが強かったりするのであれば、積極的にとりあげたいと思っている。

そうなるともはや「ミュージシャンによる連載」というよりはジャーナリズムの領域に入ってくるのかもしれない。融化橋のインタビューにしても、ジョンが興味深い話をたくさんしてくれたので、僕は聞き役と翻訳に徹した。

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そういった台湾の音楽の分厚いコンテクストに触れ、理解が深まれば深まるほど、音楽もより楽しめるようになり、結果として自分の世界観に広がりがもたらされた。

しかし、まず大前提としてあるのは、やはり、台湾への愛に他ならない。好きな人のことはできる限り知りたいし、その人の好みもできる限り理解しようと思うのと似ている。

40年近く続いた戒厳令のもと、表現の自由が制限され、1987年の解除とともに大きく花開いた台湾のポピュラーミュージックは30年以上経ち、さらなる進化を遂げ、多様性も増し、より一層熱を帯びてきたように思う。

一般的な傾向としては「まだまだ芸術が軽視されがち」と台湾の友人たちは口を揃えていうが、台湾のインディーシーンが今や大きなムーヴメントであることは自明の理だ。苦労してようやく手に入れた表現の自由を謳歌しているようにも思える。

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しかし、台湾のマーケットは決して大きくはなく、音楽だけでは経済的な自立が困難であることも根深い課題だ。「台湾には音楽業界そのものがあるのかも怪しい」と言った友人もいたが、それでもミュージシャンやレーベルオーナー、オーガナイザー、さらにはライターやメディアの人間までもが高いモチベーションを維持しながら少しでも業界を活気付けようと各々の持ち場で奮闘している。

台湾政府の文化芸術振興への意欲も高く、金曲奬(台湾のグラミー)や金音創作獎(次世代を担う若手インディーミュージシャンを対象とする)といった賞レースの主宰や、助成金制度の設立など、業界を全面的にサポートしている。

そういった国を挙げての取り組みの甲斐あってか、R&B歌手の9m88がタワレコメンに選出されたり、今や活動の舞台を世界へと広げつつあるエレファント・ジムが今年のフジロックに出演決定済など、近頃は日本でも台湾の音楽を見かける機会が増えたように感じる。僕もレビュアーとして参加した、ミュージック・マガジン(4月号)の特集、『台湾音楽の30年』もこういった流れを汲んでの事であろう。

今、台湾は間違いなく熱い。今年はより一層、アクティブに台湾カルチャーを発信していきたいと考えているのだが、テーマが台南のままでは、台湾の音楽シーンの全貌を捉えきれない。このタイミングでテーマを台南から台湾へと広げたいと思った理由はそこだ。日本で知られるべき音楽、そして物語がまだたくさんある。これからも是非、『台湾洋行』をお楽しみいただきたい。

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