伝統の裏側で~ 一年に一度の腕試し“全国新酒鑑評会” (関友美の日本酒連載コラム)
「金賞を受賞しました。日頃お世話になっている皆様に心から感謝申し上げます。さらに精進してまいります」
5月22日、「令和5酒造年度 全国新酒鑑評会」の結果が発表され、SNSに蔵元からのこんな挨拶が並びました。
「全国新酒鑑評会」は全国規模で開催される唯一の清酒鑑評会であり、日本で最も権威ある日本酒のコンテストです。結果は、独立行政法人酒類総合研究所のホームページで発表されます。金賞の酒(酒蔵)には☆マークがつき、入賞なら名前が掲載され、入賞を逃すと名前が載りません。酒蔵にとって入賞でも嬉しいものですが、やはり金賞を逃せば悔しさが残ります。
他のコンペティションと異なるのは、市販酒のレベルを競うのではなく、全国新酒鑑評会で“金賞をとれる”とされる酒質を目指して製造された日本酒が出品される点です。審査員は、酒類総合研究所の研究職員、国税局鑑定官室職員や清酒の製造業、販売業従事者の中でも特に清酒の官能審査能力(利き酒能力)に優れ、清酒製造技術に詳しい者のみが選ばれます。
普段は機械で酒を搾る酒蔵でも、出品酒は手作業で「袋吊り」をすることがほとんどです。醪(もろみ)を袋に詰めた状態で吊るして、圧力をかけずに自重で滴る酒だけを集める方法で、無理な圧力をかけないため雑味が出にくく、口に入れた時の舌触りや透明感が際立ち、まるで芸術品のような至高の味わいです。
ただし非常に手間がかかり、搾れる酒の量はわずか。だから高級酒にしかこの方法は使われません。酒蔵としては、普段から最高級の酒米をたっぷり使って造り、袋吊りで搾ることはできませんから、スタッフに技術を継承し磨くため、一年に一度、特別な手法に触れられるチャンスでもあります。
酒蔵の個性は問われず、美しく華やかな香りと味わいのバランスが整ったものが評価されます。入賞の目安――醸造家たちはそれをダーツボードの中心にある内側の円「ブルズアイ(bull's eye)」に例えることが多いのですが、そこを狙って、的確に酒を仕上げられるかどうか、という製造技術の腕試しなのです。原料処理、麹(こうじ)や醪(もろみ)管理、搾りから瓶詰め・貯蔵まで、すべての工程が完璧でなければ“ブルズアイ”には入りません。
かつてはグルコース値(糖)が高い甘い酒が入賞しましたが、最近では変化し、香りが強すぎず、軽快でバランスが良い酒が金賞を受賞する傾向にあります。こうした時代による変化もあります。
辞書によれば“伝統”とは【世代を超えて受け継がれた風習、傾向・様式、精神性】。後世に伝えるべき普遍的な核の部分は残し、常にカスタマイズされ続けているからこそ必要とされ残るものです。
時代に合わせて進化し続ける日本酒の伝統、そんな視点で鑑評会の結果をみると、より面白いかもしれません。
今月の酒蔵
大谷酒造株式会社(鳥取県)
明治5 (1872) 年創業。銘柄「鷹勇」は愛鳥家だった初代当主が、大空を舞う鷹の勇姿に魅せられて名付けた。現代の名工であり黄綬褒章を受章した出雲杜氏の坂本俊氏が長年杜氏を務め、蔵の酒を形作ってきた。広島杜氏の中元啓太氏がその味わいを守り、進化させている。日本の滝100選に選ばれた・大山滝などの美しい水の恵みを受け、食品製造が盛んな琴浦町に酒蔵はある。さわやかな辛口の酒で、熟成してさらに真価を発揮する。料理との相性も抜群だ。
庄司酒店発刊「リカーズ」連載日本酒コラム
関友美の「そうだ。日本酒を飲もう。」8月号転載
(庄司酒店様に許可を得て掲載しています)
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