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関友美の連載コラム「お米の国の神に捧げるお酒」(リカーズ1月号)

ゆく年くる年といった季節に差し掛かってまいりました。年末年始、日本酒を飲む機会が増えたという方も多いのではないでしょうか。稲作とともに発展してきた日本において、「米」というのはとても特別な存在。神様に捧げる酒は、米からできた「日本酒」と決まっています。以前「最近の神様はビールも好きかも!」と祭壇にあげた話を聞いたことがあります。とても可愛らしいエピソードではありますが、神様は嗜好品として酒を受け取るわけではありません。

日本酒づくりにまつわる最古の文献は、奈良時代初期に編さんされた「播磨国(はりまのくに)風土記」といわれています。「風土記」というのは、奈良時代に天皇に献上するために各地方の文化、風土、習慣、言い伝え等について書き集めた報告書のことです。「出雲国風土記」「常陸国風土記」「豊後国風土記」など各地のものが残されているうちの、「播磨ver.」=現在の兵庫県西部についてまとめられたものです。その中の「宍禾郡(しそうぐん/しさわぐん)=現在の兵庫県宍粟市」の章には次のように残されています。

『庭音(にわと)の村。元の名は庭酒(にわき)です。伊和大神の食料の乾飯(かれいひ)が濡れてカビが生えてしまい、この飯から酒を醸して庭酒(御神酒)として献上して、酒宴を開きました。だから庭酒村だったけど、今の人は庭音村と呼んでいます』。麹から酒を醸したと明記されています。元はお酒をつくるつもりではなく、「今年も米の収穫ができました。ありがとうございます」という感謝の儀で神様にお供えしていたところ、たまたまそのご飯に自然界にある発酵を促す菌が付着してお酒になったというわけです。人々の生活は常に八百万の神とともにあり、稲作に精を出し、お酒を飲んで英気を養って豊穣を祝いました。だから供物は日本酒でなければならないのです。

1月は故郷に帰って地酒を飲んだり、現在住んでいる土地の銘酒を手土産に贈ったりと日本酒を介した交流も盛んな時期です。多くの造り酒屋は、12月に入ってから1月4日頃までにかけて出荷に販売に営業に…と忙しさのピークを迎えます。「元旦搾り」といって、1月1日に搾っためでたいお酒を出荷する酒蔵では、いつ年越ししたのかわからないほど慌ただしい雰囲気になるといいます。かつて科学という概念がない時代には、お酒を飲んで酔っ払っている人を見て「神に近づいている」と思われていたのだそう。耐え忍ぶことも多い昨今。バチが当たるようなことは避けつつ、厄払いの気持ちで大いに神に近づいてみたいものです。とか言い訳しつつ今夜も盃を傾けましょう。

以上

庄司酒店発刊「リカーズ」連載日本酒コラム
関友美の「そうだ。日本酒を飲もう。」1月号より

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