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アニメ惹句目録

はじめに

諸君はアニメを観る際、何を重視しているだろうか。作画が崩れないことか、それともストーリーが面白いことか。多くの人が考えるであろう二つは重要な要素だが、しかしそれらが全てではない。映像は作画の他にも背景美術やキャラクターデザイン等に細分化できるし、ストーリーについても設定由来の面白さを持つものから主張の通りが良いものまでいろいろある。本筋から逸れた小ネタが人気に一役買っている作品もあれば、音楽のクオリティで話題となる作品もあるだろう。そんなアニメを構成する多要素のうち、筆者が特別重視しているものが言葉である。タイトルやキャッチコピーから、本編中の台詞や主題歌の歌詞に至るまで、作品を形作る言葉にはその魅力が顕著に表れる。そこで本稿では、魅力的な言葉たちを“惹句”として紹介しつつ、その立ち位置をまとめていきたい。未視聴の作品については興味の助けとなり、視聴済みの作品も新たな視点から懐かしむことができるはずだ。


1. メインタイトル

花咲くいろは
旅館で働く主人公を描いた、お仕事アニメのメインタイトル。女子高生である主人公が仕事を通してなりたい自分を見つけていくといったストーリーで、“花咲く”とはなりたい自分になることを、“いろは”とはそのための方法を意味している。物語のテーマを不足なくまとめつつ、言葉選びも美しい。タイトル回収がある作品は名作などと言われる場合があるが、本編に登場しない語句でもって主題を喩えてこそ真に巧いタイトルであろう。

狼と香辛料
狼の化身である少女と行商人である青年の旅を描いた、ファンタジーアニメのメインタイトル。少女のことを指す“狼”に対し、“香辛料”とは有能な商人である青年を喩えたもので、中世ヨーロッパ風の世界観の中で香辛料が重要な商材であることに由来する。このように一見関係ない二つを並べる手法はデペイズマンと呼ばれ、強いインパクトを与える効果がある。他にも「恋と選挙とチョコレート」など。

青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない
思春期症候群と呼ばれる問題を抱えるヒロインたちと、それを解決するために奔走する主人公を描いた青春ファンタジーアニメのメインタイトル。フィリップ・K・ディックによるSF小説の邦題「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」が元ネタと思われる。本作独自の用語が有名な言い回しに支えられ、印象を強めている。

四畳半神話大系
所属サークルを選ぶ大学生について、選択ごとの並行世界を描くファンタジーアニメのメインタイトル。主人公の住む部屋を表す“四畳半”に、壮大な並行世界をイメージさせる“神話大系”が付記されており、狭さ広さの対比が面白い。ちなみに、英語版のタイトルは「The Tatami Galaxy」である。

プリンセスコネクト!Re:Dive
記憶を失っている主人公とヒロインたちがギルドを組み、冒険するファンタジー(?)アニメのメインタイトル。カラフルな色合いやメルヘンな空気に混ざる一抹のシリアスが魅力だが、タイトルにおいては“Re:Dive”でもってそれを表現し、欠けた記憶の重要性を匂わせている。

N・H・Kにようこそ!
引きこもり主人公と、その社会復帰を支援する少女の交流を描く人間劇アニメのメインタイトル。NHKとは日本ひきこもり協会のことで、主人公の妄想する陰謀組織である。被害妄想を含んであまり溌剌なタイトルとは言えないが、“ようこそ!”の部分から顔を覗かせる小さな明るさは、本編における社会復帰活動、その鈍い輝きと絶妙にリンクしている。ちなみに、本作はサブタイトルも「○○にようこそ!」の形をとる。

波よ聞いてくれ
ラジオパーソナリティとして働くことになった主人公と周りの人々の交流を描く人間劇アニメのメインタイトル。主人公はその思い切った性格や抜群のトーク力を買われてラジオパーソナリティに抜擢されており、ラジオを通して深夜帯の北海道に語りかける。感嘆符の付かないシンプルなタイトルながら、そこには彼女の熱意・喋りの勢いが十分に表れている。

舟を編む
辞書製作に関わる人々を描いた人間劇アニメのメインタイトル。作中の発言によれば辞書は言葉の海を渡るための“舟”であり、それを編纂するというストーリーのためこのタイトルになったと思われる。辞書を舟に喩える比喩もさることながら、“編む”と組み合わせた際の耳残りの良さが抜群である。

かくしごと
漫画家だがそれを隠そうとしている父と、その娘の日常を描いたコメディアニメのメインタイトル。“描く仕事”と“隠し事”のダブルミーニングとなっている。このことが本編の魅力と直接繋がっているわけではなく、単にダブルミーニングというだけではあるが、こういった仕掛けがあるのは存外楽しい。

この素晴らしい世界に祝福を!
女神を連れて転生した主人公の異世界での日々を描いたコメディアニメのメインタイトル。コメディアニメのいくつかは終盤になるとコメディをやめ、視聴者に感動を与える向きに動き出しがちであるが、本作は通常運転のままクライマックスに突入する。タイトルはそんな明るさに満ちた本作を巧く言い表しており、“祝福”の部分はメインヒロインである女神のイメージとも呼応する。

櫻子さんの足下には死体が埋まっている
検死によって事件が解決されるミステリーアニメのメインタイトル。探偵を担う“櫻子さん”は標本士であり、出先で事件に遭遇しては死体から情報を得て推理を行なう。タイトルの元ネタは梶井基次郎の小説「櫻の樹の下には」の書き出し「桜の樹の下には屍体が埋まつてゐる!」元ネタ同様見た目のインパクトに秀でているのに加え、死体と並べることで浮かび上がる“櫻子さん”の鮮烈な美しさも特筆すべきポイントである。

まちカドまぞく
魔族の力に目覚めた主人公と魔法少女である彼女の友人を中心に、人々の交流を描く日常系アニメのメインタイトル。平仮名で書かれる“まぞく”には柔らかさが備わり、“まちカド”と合わせてユーモラスな印象を与える。ファンタジー要素を日常に融合させてしまう、まさにきらら作品にピッタリのタイトルである。

恋する小惑星
地学部に所属する女子高生たちの活動を描く、日常系アニメのメインタイトル。読み方は「こいするアステロイド」。ともすれば無骨な印象になりがちな地学の題材、“小惑星”に代表されるそれらも、“恋する”によってガーリッシュな衣をまとい、キャラクターに馴染んでいる。天文と地質を扱う地球科学、そのロマンは天地を取り巻いているという主張が、少ない文字数にギュッと詰まっている。

結城友奈は勇者である
侵略してくる敵と悲しい運命に立ち向かう少女たちを描く、バトルアニメのメインタイトル。声に出して読みたい語呂の良さに加え、文章から伝わる凛としたイメージが悲運に向き合う彼女たちの生き様に沿っていて素晴らしい。ちなみに、略称は「ゆゆゆ」である。

五等分の花嫁
優等生の主人公が、勉強のできない五つ子ヒロインの家庭教師になることで始まるラブコメアニメのメインタイトル。本編中、主人公はヒロインのうち一人と結ばれる運命にあることが示唆される。すなわち“花嫁”の可能性が“五等分”なのである。初見では意味の通らないタイトルではあるものの物語の軸となる要素はしっかり納まっており、目を惹くという意味でも巧いタイトルである。

最終兵器彼女
戦火激しい北海道で、兵器となったヒロインと主人公との最期の恋愛を描くSFアニメのメインタイトル。普通のカップルであった二人の間に世界規模の戦争が割って入ってくる所謂セカイ系の作品で、その歪な構図が“最終兵器”と“彼女”の組み合わせにも表れている。また、とげとげしく凶悪なタイトルロゴもその雰囲気を引き立てている。

花とアリス殺人事件
噂話の真相を追いながら友情を育む二人の少女を描いた劇場アニメのメインタイトル。“花”と“アリス”は二人の少女を指し、“殺人事件”とは彼女らが追う噂のことを指している。結論を述べてしまえば殺人事件などは存在せず、盛り上がるだけ盛り上がって何も起きない物語なのだが、それでもショッキングなタイトルを付けるアンバランスさが良い。

空の青さを知る人よ
多感な時期にある主人公が、様々な交流を経て最も大切なものに気付くまでを描いた劇場アニメのメインタイトル。「井の中の蛙大海を知らず、されど空の青さを知る」が本作のキーフレーズであり、最も大切なものを“空の青さ”に喩える論調は作中の見事な秋空と相まって、切なく、しかし澄みきった余韻を演出している。

2. サブタイトル

太陽の傾いたこの世界で
ファンタジーアニメ「終末なにしてますか?忙しいですか?救ってもらっていいですか?」第一話のサブタイトル。終末の世界観をもつ本作のサブタイトルは全て悲しさ漂うものとなっており、特に斜陽感溢れる第一話のサブタイトルは、作品の方向性を効果的に示している。

繭・空を落ちる夢・オールドホーム
ファンタジーアニメ「灰羽連盟」第一話のサブタイトル。眠りから目覚めた主人公は、不思議な世界で暮らしていくこととなる。淡々と並べられる語句は本編の落ち着いた空気を想起させ、昇順の文字数には視覚的な美しさもある。

April showers bring May flowers
ファンタジーアニメ「魔法使いの嫁」第一話のサブタイトル。直訳は「四月の雨が五月の花を連れてくる」で、「苦あれば楽あり」に対応する英語のことわざである。悲しい過去をもつ主人公が魔法使いと出会う第一話におけるこれからの暗示であり、映像美との調和も見事である。

転校生が来た
日常系アニメ「のんのんびより」第一話のサブタイトル。物語は主人公が田舎の学校に転校してくるところから始まる。本作の他サブタイトルも同様の形式、つまり絵日記の題のような形となっており、スタンダードな規則性を持ちながら、独自の長閑さを醸し出している。

Call Me Sister.
日常系アニメ「ご注文はうさぎですか?」第七話のサブタイトル。本編中の台詞「お姉ちゃんって呼んで!」を英訳しただけのシンプルなものだが、本作の不規則なサブタイトルの中で良いアクセントとなり、全体としてのオシャレ感に貢献している。

Bullet & Blade's Ballad
スパイアニメ「プリンセス・プリンシパル」第五話のサブタイトル。本作の他サブタイトルと同じく韻を踏んでいる。銃声轟き剣戟光る本編を“Bullet & Blade”で表しているが、“Ballad”からはラストの切なさを読み取ることもできる。

連峰は晴れているか
ミステリーアニメ「氷菓」第十八話のサブタイトル。内容は主人公が自身の思い出について新たな真実を得るというもので、“連峰”とはその真実に関わるキーワードである。情報少なく想像をかき立てるサブタイトルは、いかにもミステリーらしい。

3. キャッチコピー

内定したのは国王だけでした
お仕事アニメ「サクラクエスト」のキャッチコピー。就職活動に苦労していた主人公がひょんなことから田舎町の観光大使を務めることになるという導入で、“国王”はその田舎町が国家を模して振興を図っている点から来ている。日本の田舎町とファンタジー要素のギャップが面白い作品であり、“内定”と“国王”の組み合わせにもそれがよく表れる。

かわいいは正義
日常系アニメ「苺ましまろ」のキャッチコピー。女子小学生たちの日常を描く本作において、核となっている思想を示す。“正義”という言葉選びや断言する語気の強さは“かわいい”と対照的だが、その差が余計に目を惹く。

このへんないきものは、まだ日本にいるのです。たぶん。
劇場アニメ「となりのトトロ」のキャッチコピー。子供だけに見える“へんないきもの”。そんな不思議が“まだ日本にいる”という希望は、本編の優しい雰囲気とリンクする。キャラクターの体験から視聴者の現実に呼びかける素敵なキャッチコピーである。

4. 台詞・用語

世界の果てはすなわちここ!だって地球は丸いんだもん!
青春ラブコメアニメ「中二病でも恋がしたい!」第二話における小鳥遊六花の台詞。“世界の果て”のようなワードを連発する彼女だが、あくまでも単なる高校生で大それた能力は無い。出来ないことは妥協してしまう中二病ヒロインのキュートさがよく表れたひと台詞である。

それは仕方ない。明日学校だし。
青春アニメ「響け!ユーフォニアム」第八話における高坂麗奈の台詞。祭りの日に主人公と山に登る彼女は、その行為を日常から離れるための旅のようなものだと説明する。「随分ちっちゃな旅だね」と言う主人公に返した言葉であり、本作の魅力である等身大の青春観が込められている。

何でもは知らないわよ。知ってることだけ
ファンタジーアニメ「化物語」とそれに連なる物語シリーズにおける、羽川翼お決まりの台詞。主人公の「お前は何でも知ってるな」に対する返答である。“知ってることだけ”知っている、そんな奇妙な言い回しが癖になる。

ピースフォビア
冒険アニメ「メイドインアビス」に登場する、尽きない火薬のこと。このアイテムは作中で遺物と呼ばれるもののひとつで、謎の大穴アビスで発見された原理不明の品である。その危険性を“平和恐怖症”と言い換えるセンスは、他にも本作の至る所で目にすることが出来る。

5. 主題歌タイトル・歌詞

徒花ネクロマンシー
アイドルアニメ「ゾンビランドサガ」OP主題歌のタイトル。夢半ばで死んだ少女たちがゾンビとなってよみがえる本作を、咲いても実を結ばずに散ってしまう“徒花”と死霊術“ネクロマンシー”の組み合わせで表現している。漢字プラス片仮名で視覚的にも美しく、バイタリティ溢れる歌詞との相性も良い。

Hello, world!
アクションアニメ「血界戦線」OP主題歌のタイトル。本作の主人公は異世界への玄関口になってしまったニューヨークで暮らしており、仲間たちと様々な超常的事件に遭遇する。重要なのは彼らがその破天荒な日々を楽しんでいるということであり、そのワクワク感は主題歌タイトルにも強く表れている。

STYX HELIX
異世界アニメ「Re:ゼロから始める異世界生活」ED主題歌のタイトル。“STYX”はギリシャ神話において冥界を流れるとされる川の名前で、所謂三途の川である。それが螺旋を意味する“HELIX”と組み合わさっており、物語における最重要要素の死に戻りを優雅に表現している。

回る世界と逆向きで
SFアニメ「少女終末旅行」OP主題歌「動く、動く」の歌詞。旅する二人の少女が文明の最期を体験するといったストーリーで、終末ものであるにも関わらず暗さはあまりなく、主題歌の曲調も極めて明るいものである。滅びと“逆向き”の雰囲気をもつ彼女らの会話にこそ、世界への追悼は感じられるだろう。

嚙み合わない価値観も嚙み潰しちゃいましょう
ファンタジーアニメ「小林さんちのメイドラゴンS」ED主題歌「めいど・うぃず・どらごんず」の歌詞。ドラゴンと人間の交流が描かれる本作では“嚙み合わない価値観”が度々問題となるが、完全な理解・決定的な解決に至ることは稀である。しかし、それらを“嚙み潰しちゃいましょう”と歌うドラゴンスケールの楽観視によって、パーフェクトを目指さなくてもよいという安心感が形成されている。

せめて美しい夢だけを描きながら追いかけよう
SFアニメ「涼宮ハルヒの憂鬱」挿入歌「God knows...」の歌詞。自我が重要なテーマとなる本作、雨降る文化祭でヒロイン涼宮ハルヒによって歌われるこのワンフレーズからは、自分が凡庸な人間に過ぎない可能性に怯えながらも「私はここにいる」と叫ぶ主題との繋がりを感じることが出来る。

おわりに

作品ごとに軽い説明を添えつつ惹句を紹介してみたが、いかがだっただろうか。言葉に着目する楽しさが伝わったなら幸いである。さて初めにも述べたように、アニメは多要素によって構成されている。諸君も自分が特別重視する何かを見つけてほしい。それによって視聴体験は一層豊かなものとなるであろう。


KITiArc発行「Yashigani Magazine」vol.45 寄稿文より一部改変し掲載。


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